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2013年10月 3日 (木)

朝比奈峠越え(13)

B13100201

熊野権現と一遍、時宗の尋常ならぬ関係について、一寸触れたが、

時衆と同様に、諸国を遍歴する熊野修験者、御師、比丘尼たちも、

気心の知れた仲間として、行動を共にすることが多かったはずだ。

境界地の、朝比奈峠周辺は、

そういった人々のテリトリーであったと想うのだ。

ひょっとしたら、関所の管理も任されていたかもしれぬ。

さて、もとの分岐へ戻るとしよう。

B13100202

六浦側へ少し下ったところに、もう一つ切通しがある。

こちらは、「小切通し」と呼ばれる。

捨身は撮りそこなったが、この辺りの岩壁上部に、

「やぐら」(中世墓)群が認められる。

その「やぐら」の高さに、中世の道床があったという、

見方がある。つまり、近世、近代と時代が下がるにつれて、

道床が掘り込まれ、現状に至ったというわけなのだ。

B13100203

矢庭に、車の騒音で、現世に引き戻された。

見上げると、高速道路だ。横浜横須賀道路である。

B13100204

こんな具合に、古道を跨いでいる。

切通し面の上部は、破壊されたのであろうな。

暫し、複雑な想いが過る。

(捨身 Canon G1X)

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