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2013年10月13日 (日)

朝比奈峠越え つけたりとして(2)

B13101201

此の辺りに、足利館が構えられたのは、結構古い。

頼朝の代に、足利家二代・義兼が建てたと云う。

以後、鎌倉期を通じて、彼らの、鎌倉での根拠地だった。

源氏一門である足利家と、嫡流将軍家や、

北条氏との関係は、吾妻鏡でも、窺えるように、微妙で、

歴代当主の中には、若年で出家したり、不審死したり、

あるいは、北条一門と姻戚関係を結んだりと、

一族生き残りのために、綱渡りの連続だったようだ。

最早、本貫の地、足利荘へ帰ることも、殆ど無くなり

此処が、事実上の、彼らの生活の場になっていく。

尊氏、直義兄弟の、故郷でもあったわけだ。

B13101202

かつて、六浦道に立てられていた、庚申塔群を見つけた。

B13101203

さて、足利家の菩提寺、浄妙寺が観えてきた。

(捨身 Canon G1X)

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