« 朝比奈峠越え つけたりとして(5) | トップページ | 富士参詣曼荼羅図を観る(2) »

2013年10月20日 (日)

富士参詣曼荼羅図を観る(1)

B13101901

やっと、観ることが出来た。

やはり、この手の、中世の寺社参詣曼荼羅図の中では、

屈指の名作だと想う。

あの上杉本・洛中洛外図の、永徳の祖父、狩野元信と、

彼の工房の手になると云うのは、頷ける。

人物や風景の、細密且つ、力強い筆致は、

この作品でも、十分に発揮されている。

ルーペで、詳細に観察したが、この絵に描かれた、

全てのモチーフに、興味が尽きない。

富士山頂は、例によって「三峰」に表現され、

それぞれ、左より、薬師、阿弥陀、大日の三尊が配される。

その頂へ、蟻の如く列を作って、白装束で、手に松明を持ち、

登拝する巡礼者たち。彼らは、麓の浅間大社で、水垢離して、

社殿裏の登山道を登って往くのである。

堂舎が建ち並ぶ境内では、同じく白装束で「虫の垂衣」を、

垂らした笠を被った、女性の巡礼者たち?が目立ち、

黒色の法衣を着て、頭巾姿の念仏者(時衆か?)の一団も居る。

神楽舞台では、巫女が神楽を舞っている最中だ。

中世末の戦国期に、既に、これほどの盛行をみせていた、

富士信仰なのだ。近頃は、江戸中期以降の富士講に、

関心が往きがちだけれど、もっと、中世の富士信仰に、

目を向けるべきだろう。現状、研究者や論考が少なすぎる。

熊野比丘尼たちがそうであったように、この参詣曼荼羅も、

絵解きに用いられたと考えられている。多くは、もっと素朴な、

掛軸だったが、この作品は、例外的に、かなりの豪華版だ。

絵解きをしたのは、浅間大社の、修験者や御師たちだろうか。

画面下方に、富士川、駿河湾、旅人と物資を運ぶ帆船、

三保の松原、浜辺を往く中世東海道、

清見寺、清見ヶ関(関銭を徴集する)が添えられる。

これらも、富士と不可分の、セットとして、考えられていたのは、

如何にも、中世的な世界観らしくて、面白い。

この絵を観たら、ユネスコの委員も、即座に、

三保の松原を、世界遺産に加えることに賛同しただろうな。

遠くない将来、国宝指定も、あり得るのではないか。

(捨身 Canon S110)

|

« 朝比奈峠越え つけたりとして(5) | トップページ | 富士参詣曼荼羅図を観る(2) »

民俗」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 朝比奈峠越え つけたりとして(5) | トップページ | 富士参詣曼荼羅図を観る(2) »