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2013年11月26日 (火)

奈良坂にて(12)

B13112501

国宝の楼門から、般若寺境内を望む。

正面に観えるのが、般若寺層塔と呼ばれる、石造十三重塔である。

建長五年(1253)頃、造立と考えられており、重文指定だ。

治承四年(1180)の、重衡の南都焼討ちで焼亡した、

大仏殿再建のために、来朝していた、伊行末(いぎょうまつ)等、

宋人石工集団の手に成ることが判っている。

B13112502

この石塔が建てられるまで、般若寺は焼失したままで、

荒廃していたようだ。再建の担い手になったのは、

西大寺の真言律僧・叡尊と、弟子の忍性たちだった。

忍性は、鎌倉・極楽寺の住持としても知られる。

伊行末等、宋人石工集団は、叡尊、忍性の指導下で行動し、

その子孫(伊派と大蔵派)は、あの箱根石仏も刻んでいた。

奈良坂と箱根、想わぬ接点だけど、

どちらも、極めて重要な、中世世界の境界地なのだった。

B13112503

石塔基部の西面に線刻された阿弥陀仏。

因みに、東面は薬師、南面は釈迦、北面は弥勒だ。

(捨身 Canon G1X) 

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