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2013年11月29日 (金)

奈良坂にて(14)

B13112801

般若寺を出て、大仏道を先へ進もう。

中世は大仏道、近世では、京街道と呼んでいた、

この道だけれど、般若寺辺りでは、「般若道」

あるいは、「般若坂」と呼ぶことが多かったようだ。

B13112802

ただ単に、般若寺前を通るからだと想っていたが、それより、

まさに「般若道」と呼ぶに、相応しい理由があった。

鎌倉後期、西大寺の叡尊らが、復興した般若寺は、

長大で、堅固な築地に取り囲まれ、

大仏道の両側に跨って、寺域が広がっていたらしい。

つまり、大仏道が、般若寺のど真ん中を、

突っ切っていた可能性が高いのだ。

南北の出入り口に木戸があり、武装した門番(僧形だ)が居て、

早朝に開き、夕刻に閉じられる体制を、とっていたであろう。

(もとより、正式の門は、道を前に西面する、現存の楼門だ)

ある意味、これは「城郭」と謂っていいかもしれない。

囲われた世界は、外からのいかなる力も、排除出来る。

実際、中世世界の、山城や、宿、市、寺社が、幹線道路を、

中に抱え込む形で、形成され、発達した例は多い。

般若寺が、この優位性を利用しない手はない。

当然、関所が設けられ、中世の旅人は「関銭」を、

(此処では、勧進だ喜捨だと云われたかもしれぬが)

シッカリ取られたはずだ。

B13112803

暫く往くと、急坂になる。「般若坂」だ。

関所は、この坂下に在ったと云われる。

(捨身 Canon G1X) 

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