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2013年11月 3日 (日)

富士山本宮浅間社へ参る(3)

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参道を進む。三の鳥居だ。

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総朱塗り檜皮葺きの、立派な楼門が観えてきた。

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概して、此処の社殿建築は優れている。

関が原で勝利を収めた家康が、慶長九年(1604)に、

答礼も兼ねて、大造営を行った時のものだ。

これを観れば、家康に、相当気合が入っていたことがよく判る。

家康は、幼少期より、今川の人質として、駿府で過ごして以来、

当地に土地勘があり、富士信仰にも馴染んでいたはずだ。

中世末の第一次富士山ブームのお陰で、地元は賑わい、

今川氏にも、かなりの収入が落ちていた。

そのせいか、晩年の家康、隠居所に駿府を選ぶに、

躊躇は無かったようだ。

所謂、気候温暖、東海道と海運の要地、幼少期の故地と云った、

好条件の他に、富士の存在を加えてもいいと想う。

(捨身 Canon G1X)

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