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2013年12月 1日 (日)

奈良坂にて(15)

B13113001

最後の急坂、般若坂の途中に大きな地蔵がある。

西面し、夕日を浴びることから、「夕日地蔵」と云う。

室町後期、永正六年(1509)の銘を持つ。

その頃の奈良坂は、再び戦火に見舞われていたようだ。

正長の土一揆(1428)に始まり、

永禄十年(1567)松永久秀らによる、「東大寺大仏殿の戦い」では、

奈良坂一帯は、焦土と化してしまう。

B13113002

この坂には「シュ師の庭」と呼ばれる、猿楽師や、

呪師(のろんじ)=下級の陰陽師たちが集まり、道往く人に、

芸能を披露して、日々の糧を得る場(庭)があったらしい。

彼らは、興福寺・春日大社に属する芸能者集団であろう。

さらに坂を下ると、皮革製品を扱う人々が露店を出していた。

其処で売られる、貫、田沓(つらぬき、たぐつ=皮製の半長靴)

雪駄(裏が革張り)金剛草履(大型で、丈夫に編んだ草履)は、

高級品で有名だった。

B13113003

現在の坂下、左側に長屋様の建造物が観える。

「北山十八間戸」(きたやまじゅうはちけんど)である。

これについては、明日、稿を改めて触れよう。

(捨身 Canon G1X) 

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