« 日々の写真 12/8 | トップページ | 奈良坂にて(18) »

2013年12月12日 (木)

奈良坂にて(17)

B13120301

B13120303

徐々にだけれど、書きかけの、奈良坂のほうへ復帰しよう。

奈良市中へ戻る間に、一寸触れたいことがある。

奈良坂の宿に集住する、ライ者・乞食・非人への、

救済活動の拠点になっていた、般若寺の本尊のことだ。

鎌倉中期に般若寺を復興した、西大寺の叡尊、忍性らは、

丈六の文殊菩薩像を本尊として安置した。

何故、文殊菩薩だったのだろうか。

前にも触れたように、中世世界では、ライ者(ハンセン病)を、

仏の化現と観る、考え方があった。

その仏が、一般的には、知恵を掌るとされる、

文殊菩薩だと云うのである。

所謂「文殊経」は、別して曰く…

文殊菩薩は、救民福祉の業を為す者の前に、

貧窮孤独の病者非人の姿となって現われ、

真に、慈悲の心を持つ者なのかを試す。

もし、その通りであれば、文殊菩薩の御姿を、

拝することが出来る…

宗教者にとって、救民福祉の業とは、

一種の修行であったとも謂える。

これは、本質に於いて、現代でも通じることだと想う。

参考のために、今秋、東博で出展中の、

同時代、奈良で彫られた、文殊菩薩立像を示す。

(捨身 G1X/S110)

|

« 日々の写真 12/8 | トップページ | 奈良坂にて(18) »

歴史(中世史)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 日々の写真 12/8 | トップページ | 奈良坂にて(18) »