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2013年12月16日 (月)

元興寺・奈良町界隈へ(2)

B13121304

現存の元興寺は、中世(平安末期)に、大部分の伽藍が、

荒廃していった中で、僧坊の一部が発展したものだ。

鎌倉中期に改修が施され、本堂と、禅室の二棟に分けられた。

鎌倉期の様式だが、部分的に、天平期の部材や瓦が残り、

両方とも、国宝指定になっている。

上は本堂。極楽浄土を表したと云う「智光曼荼羅」

(原本は室町期に焼失)を本尊としたので、

極楽坊、あるいは、曼荼羅堂とも呼ばれた。

その後、中世を通じて、極楽坊は浄土信仰の聖地となっていく。

B13121303

本堂の後ろに続く禅室。四つの区画に別れ、其々4~5人の僧が、

起居していたようだ。

本堂は拝観出来るが、此方は特別拝観日を除いて、

内部は公開していない。

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禅室を廻る濡縁。各区画には扉が付いている。

室町期に至って、宝徳三年(1451)の土一揆で、元興寺は、

更に被害を受け、極楽坊と、

観音院(五重塔が残ったが、安政六年=1859に焼失)

小塔院の、三寺に分裂、前後して、極楽坊は、

奈良坂の般若寺と同じ、西大寺系の真言律宗に転じたらしい。

ついでながら、今、想い出したけど、

武州・金沢の称名寺(金沢文庫)も、真言律宗だった。

筆者が魅かれる寺院には、

何故か、時宗系と、律宗系が多いみたいだ。

(捨身 Canon G1X)

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