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2013年12月24日 (火)

湯治を見直した

B13122304

今月の初めに、やらかした右手首の骨折だけど、

手術後二週間を過ぎて、未だ、時折の疼痛、若干の浮腫、

関節不自由、皮膚のつっぱり感が続いている。

端的に謂って、手術痕とは、

所謂「金瘡」(きんそう)刀槍、弓鉄砲による傷と同じようなものだ。

だとすれば、戦国期の武将たちが、合戦の合間に通っていた、

湯治を見直しても、いいのではないか。

差し当っては、武田信玄の「隠し湯」をはじめ、

(彼は、少なくとも二度負傷している)

小田原北条氏が「止め湯」とした、

(手柄を立てた家臣への褒美以外は、一族、VIP専用)

箱根山の芦の湯などが、想い起こされる。

中世世界では、風呂(スチームバス)と湯屋(湯船に浸かる)

があったが、傷や病の治療は、湯屋(温室)が使われたようだ。

西大寺の叡尊、忍性らが、奈良坂の般若寺でライ者・非人の、

治療に用いたように、治療効果が認められていたのだ。

湯治と、ちゃんとした食事のお陰で、完治する者も出たらしい。

(ハンセン病ではなくて、重度の皮膚病だった可能性があるが)

非人の境涯を脱することも、あり得た。

まぁ、とにかく、戦国の武将たちに、珍重された治療法である。

この効果は、熊野・湯の峰で、生き返った「小栗判官」の如く、

有り難い仏神の効験にも、喩えられたのだった。

湯治する天狗たちを示す(上)

…唐土から、悪さをするために来朝した、天狗の是害房は、

 叡山の高僧に、散々に懲らしめられ、瀕死の重傷を負うが、

 友好的な日本の天狗たちに助けられる。

 加茂の河原で湯治を受け、回復、帰国することに。

 彼らは別れの宴を開いて、名残りを惜しむ…

(是害房=ぜがいぼう絵巻 重文 14C南北朝期)

ついでながら、中世世界の天狗は、嘴を持つ鳶の姿が基本だ。

さて、湯治にでも往くとするか…

(捨身 Canon S110)

今秋の奈良探索、そろそろ締めに入ります。

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