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2014年1月30日 (木)

河越で中世を探す(12)

B14012901

探索の終わりに、河越城下、北西の境界地を占める、

東明寺と云う、時宗寺へ足を伸ばす。

川越市には、時宗寺が四ヶ寺、現存しているそうだ。

小田原北条氏の治世下にあった宿々では、多いほうかもしれぬ。

B14012902

境内に「河越夜戦」の碑が立つ。

天文六年(1537)北条氏が奪取した後の河越城は、

度々、上杉方の攻撃に晒された。特に、天文十五年(1546)の、

包囲戦は、山内・扇谷、両上杉氏の関八州連合軍八万余

(一説には二~三万)が攻め寄せ、危機に陥る。

時の北条家当主、氏康は、和睦をちらつかせ、

油断させた包囲軍を、同四月二十日夜、寡兵(八千)を持って、

奇襲攻撃で打ち破り、関東に於ける支配権を決した。

この「河越夜戦」の実相は、殆ど不明なのだが、

(夜戦と云うのも判らない。昼間の迎撃戦だったとする説あり)

「東明寺合戦」とも呼ばれたので、

当地が主戦場だったのではないかと云われているのだ。

B14012903

もとより、その真偽は確かめようが無い。

いつもながら、時宗寺の末枯れた風情に、

往時への想いを馳せ、今回の探索の上がりとしたわけだ。

(捨身 Canon G1X) 

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