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2014年1月18日 (土)

河越で中世を探す(4)

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空堀の他に、喜多院に残る中世遺物を観よう。

境内南側の小高い丘は、6~7世紀頃の古墳と云われているが、

その頂上に、慈眼堂と呼ぶ、小堂が建つ。

慈眼とは、天海僧正の大師号、この堂は彼の坐像を祀る。

天海は、天文5年?(1536)生まれ、寛永20年(1643)まで、

在世したから、108歳だ。当時としては、例外的な長命だろう。

生き抜いた時代は、戦国期只中、れっきとした中世人だ。

家康、秀忠、家光の三代に仕え、江戸や日光の、

基本コンセプトを設計した、ホンモノの「大物」である。

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話がそれたが、観るべきものは、堂裏の歴代住職の墓所にある。

正面、真中にそそり立つ、天海僧正の巨大な石塔が遮って、

甚だ観辛いのだが、立派な中世板碑が二つ現存しているのだ。

B14011704

周りを廻って、やっと二本とも、観易いアングルを見つけた。

手前が、延文三年(1358)銘、奥が、暦応五年(1342)銘を持つ。

無量寿寺時代から、此処に立っていたもので、

保存状態もいいようだ。

(捨身 Canon G1X)

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