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2014年1月 3日 (金)

真土山まで(5)

B14010201

真土山の境内は、彼方此方に注連縄が張られ、

手水舎も完備している。

寺であるのに、神社の要素が交り合い、面白い。

これも、ある意味、神仏習合の残滓かもしれぬ。

龍がイメージされるのは、浅草寺の観音が示現する際に、

先触れとして、この山が一夜のうちに湧出、

天より、金龍舞い降り、守護したとする、伝承に因むのだろう。

「金龍山」と云うのは、浅草寺のほうの山号、

もとより、水=龍=観音は、よく見出せる組み合わせである。

B14010202

歓喜天(聖天)信仰は、俗信と共に語られることが多いようだ。

効験のあまりの強さに、歓喜天を修す真言を、

妄りに唱えることを忌んだり、

真言を七度唱え、待ち人の名を呼ぶと、

その人を寄せることが出来る、などと云った話だ。

B14010203

今回も、一人、丁寧に参拝する女性の姿が目立った。

真土山の霊験は、尚、あらたかと観える。

(捨身 Canon G1X) 

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