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2014年1月25日 (土)

河越で中世を探す(9)

B14012402

大手門前から、河越城の本丸を目指して、歩いてみることにした。

今まで、各地の城下町を訪ねているけれど、

川越は、城の場所が、把握し難い町だと想う。

大抵の城下町は、駅を降りると、地図や、大まかな地形を観れば、

あの辺りとなるわけだが、当地は、武蔵野台地上と云っても、

平坦で、変化の少ない市街地が続き、起伏感も乏しい。

おまけに、明治維新で、城跡は、ほぼ跡形も無く、破却されている。

B14012403

既に城内に入っているのだが、漠とした住宅街ばかりで、

路地裏なんかに、一寸起伏が認められる程度だ。

河越城は、長禄元年(1457)扇谷上杉氏の家宰、太田道真、

道潅父子が築城、戦国期は小田原北条氏に属し、近世に入ると、

徳川譜代親藩の居城となった。基本は、空堀、土塁で囲まれる、

幾つかの曲輪を繋げた、「連郭式平山城」とされるのだが、

比高は僅か4~5m、遺構も殆ど現存していな現状では、

なかなか、往時を偲ぶのが難しい。

江戸初期に描かれた、唯一の絵画史料を掲げる。

B14012401

天正十八年(1590)の小田原合戦で、開城した後、

徳川の支配下に移って、間もない頃、

松平信綱による、大拡張以前の姿と云われている。

堀には水が湛えられているが、天守などは見当たらない。

瓦葺きも、櫓門程度で、茅葺、平屋の建物群で占められる。

中央左下が大手門だろう。その前の堀に架かるのは、

橋ではなく、古風な土橋。中世城郭の名残りが濃厚だ。

(捨身 Canon G1X S110)

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