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2014年2月 2日 (日)

七十一番職人歌合を観る(2)

B14020101

昨日の山伏と対になっていたのは「持者」(ぢしゃ)と云う。

例によって、添えられた吹き出しには、

然も、強面そうな山伏を茶化して、

…あら、おんかな、おんかな。

  二所三嶋も御覧ぜよ…

~ああ、おっかない、おっかない。

 二所(伊豆山権現、箱根山権現)三嶋明神も、御照覧あれ。

 (二所三嶋の神々に誓っても、山伏には靡きませぬよ)~

もとより、宗教者のはずだが、「持者」のことはよく判らない。

「持経者」(ぢきょうしゃ)

=法華経を読誦しながら、諸国を遍歴する聖(ひじり)の略称と、

云われるが(六十六部と似て居るな)

他の職人歌合でも、別に登場するし、僧形なので、違うだろう。

此処で、詠まれる歌に、

…いかにしてけうとく人の思ふらん 我も女のまねかたぞかし…

~どうして、人は気味悪く思うのだろう。

  私も女の姿を真似ているのですよ~

とあるから、「女装」の男性を強調しているのである。

姿を観るに、確かに垂髪(すいはつ=女性の髪形だけど、

童形でもある。これについては後述)で、作り眉、

女性の小袖と打掛、苛高数珠を持ち、草履を履く。

垂髪の童形と観れば、寺社に属した、稚児と男色を、

連想してしまうわけだ。

稚児は、長じて僧になれれば、恵まれたほうで、童形のまま、

寺社の下働きをする「堂の童子」になる例が多かった。

中世世界では、童子と女性は、より仏神に近い存在だ。

巫女のように、憑巫(よりまし)の役割を務めたかもしれぬ。

山伏と対にしたのは、遍歴が考えられるし、

男装の白拍子の如く、中世世界の「異性装」の問題も孕む。

「持者」の実相が、より深遠で、

ミステリアスなものになって往くのは否めない。

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