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2014年2月の記事

2014年2月28日 (金)

七十一番職人歌合を観る(20)

B14022601

「賽磨」(さいすり)とは、双六の賽(サイコロ)を作る職人のこと。

双六は、中世世界で、爆発的に流行した博打である。

2012年の大河「平清盛」では、ドラマを象徴する小道具として、

使われたのは、記憶に新しいところだ。

賽は、鹿角を削り、砥石で磨いて作る。

より古い、鎌倉から南北朝期の職人歌合では、

博打(ばくうち)も、道々の芸能として、

堂々と、職人に数えられていたのだが、

七十一番歌合が成立した、室町末期になると、

禁制が強まり、歌合の表舞台から姿を消すようになる。

でも、非公式には、相変わらず盛んだったはずで、

それを暗示する所以もあって(博打とグルだった可能性も)

「賽磨」だけが挙げられているのだろうか。

僧形で、小袖袴、前に賽と賽袋、後に笠を置く。

右手で賽を持ち、左手で、前方の賽を指差す。

添えられた吹き出しの台詞が面白い。

…さしちがへの賽も、召し候へ。

 犬追物の、いきめも候ぞ…

~目を入れ替えた(イカサマ専用の)賽は如何でしょう?

 犬追物(犬を囲った馬場に放ち、馬上から追い駆け射る武芸)

 に使う、大きめの蟇目=鏑(転じて、特大の賽のことか?)

 もございますよ~

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2014年2月26日 (水)

七十一番職人歌合を観る(19)

B14022501

この前の「軍師官兵衛」で、一寸、注目したシーンがあった。

秀吉が、食い詰めていた若い頃、針を売って歩いていたが、

ちっとも売れなかったと、官兵衛に述懐するところだ。

秀吉針売り説は、江戸初期に成った「太閤素生記」に拠り、

中世史家の石井進、服部英雄両氏によって提起されてきた。

つまり、秀吉農民出自説に、一石を投じるもので、

道々の輩、芸能民、あるいは乞食非人まで視野に入れた、

秀吉、非農業民出自説の可能性を示唆するわけだ。

もとより、筆者としては、この可能性を強く支持するのだけれど、

その辺は兎も角として、今回は、針を作り、売っていた人々、

「針磨」(はりすり)を、採り上げる。

針売りと乞食非人との関わりは、文書には殆ど出てこないが、

巷間、昔から云い習わされていたようだ。

しかも、針は、古代より、呪力、霊力を持つ道具でもあった。

図中の男は、束髪、小袖袴、作業台の上に小針を並べ、

「舞錐」(まいぎり=縦棒に巻きつけた紐を、腕木で上下させて、  

 回転させ、穴を穿つ道具)を右手で操作し、針穴を開ける。

手前には、針を入れた箱を置く。

添えられた吹き出しの台詞は、

…こばりは、針孔(みず)が大事に候…

~小針は(小さいので)針孔開けが肝要でございます~

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2014年2月25日 (火)

七十一番職人歌合を観る(18)

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「いたか」と呼ばれた、覆面をする人々。

「流れ灌頂」(ながれかんちょう=功徳、善根、供養のために、

小さな板卒塔婆に経文、戒名を書いて、川や海へ流し、

読経して、銭を乞うこと)を生業とした宗教者である。

彼らの読経を「空読み」(そらよみ)と云って、

いい加減な経を読むから、「空言」(そらごと)を言う者と、

看做され、中世世界では、極めて賤視されていた。

もとより、乞食非人の境涯だが、

「流れ灌頂」も、芸能の一つと捉えられる。

占い、呪いもしたらしく、唱門師(しょもじ=下級の陰陽師)と、

同類に扱われたこともあったようだ。

笠に覆面姿、小袖袴、皮足袋を履き、右手に板卒塔婆を持つ。

傍らに、板卒塔婆、樒、矢立を置く。

添えられた吹き出しの台詞は、

…流灌頂、ながさせたまえ。 

 卒塔婆と申すは、大日如来の三摩耶形…

~流れ灌頂をお流し下され。

 卒塔婆と申すのは、大日如来を表すもの~

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2014年2月24日 (月)

七十一番職人歌合を観る(17)

B14022301

「鞍細工」(くらざいく)のことで、気になっていたことがある。

室町期の幕府武家礼法で、一家を成した伊勢氏は、

「作りの鞍」と呼ばれる、鞍の製法を秘伝としていた。

あの小田原北条氏の祖、伊勢宗瑞(北条早雲)が出た家だ。

宗瑞は、その秘伝を受け継いでいたと云われている。

それだけでも、彼が「伊勢の素浪人」どころか、

名門武家の一員であったことの、証左になるのだが、

面白いのは、自ら身を労して、恰も職人のように、

鞍を作っていたらしいことだ。

「作りの鞍」の製法は、宗瑞の三男、北条幻庵(宗哲)に、

相伝される。幻庵は、秀吉の小田原攻め直前まで生きた、

一族の最長老で、多芸多才の人。

「鞍打ち幻庵」の異名もあったようだ。

図の「鞍細工」も、宗瑞、幻庵の如く僧形で、小袖袴、

左手に鞍輪、右手に手斧(ちょうな=中世の番匠道具)を持つ。

添えられた、吹き出しの台詞は、

…あら、骨おれや…

~ああ、骨がおれることだわい~

骨折りの骨と、鞍=鞍橋(くらぼね)の橋(ほね)をかけている。

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2014年2月23日 (日)

七十一番職人歌合を観る(16)

B14022201

「奈良法師」と対になっているのが「山法師」だ。

謂うまでも無く、比叡山の坊主、悪僧とも呼ばれ、

常に刀杖、弓箭を帯し、袈裟で頭を包む(か頭)姿が知られる。

彼らが体現したのは、背後に聳え、王城鎮護を標榜する「山」

=比叡山が持つ、仏神の聖性であったから、

京の都では、王権でさえも、歯が立たない。

だが、一方で、彼らは畏れれるのと同時に、穢れた存在と観る、

価値観があったようだ。

武士=「弓取」だけが、対処出来た理由にも興味がいく。

非人とよく似た、か頭、覆面も、この辺りからくるのではと、

想い廻らしているところだ。

奈良法師同様、法衣、白鞘の打ち刀を差し、傍らに長刀を置く。

添えられた、吹き出しの台詞も対応して、

…わがたつそまの、月に及ぶべき所こそおぼえね…

~比叡山の月に勝る所は、思い起こせないわい~

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2014年2月22日 (土)

七十一番職人歌合を観る(15)

B14022101

前回、立君に声を掛けた武士が携える、大太刀のことに触れたが、

歌合には、もう一人、大太刀を持つ者が出てくる。

俗人でなくて、興福寺の坊主=「奈良法師」だ。

謂うまでも無く、興福寺は藤原・摂関家の氏寺で、

法相宗の大本山、氏神の春日大社も支配下に置く。

中世世界の南都・奈良では、興福寺は、諸国に広がる荘園と、

別当を頂点とする、武装した僧兵をはじめ、三千大衆と呼ばれる、

強大な組織を背景に、大和一国を知行していた。

鎌倉期以降は、守護職(軍事警察権)も押さえるに至る。

「奈良法師」とは、その僧兵に他ならない。

これを職人の範疇に入れてしまえば、「弓取」の如く、

プロの戦士と云うことになり、大太刀を持つに相応しいわけだ。

添えられた吹き出しの台詞は、何故か風流で、

…もろこしの月よりも、見所あればこそ、

 春日なる、三笠の山とは、よみつらめ…

~唐土の月よりも、見所があればこそ、

 (あの阿倍仲麻呂も)「春日なる三笠の山」と詠んだのだろう~

もとより僧形、法衣に白鞘の打ち刀と、

刃を上に向けて、実戦的な、黒漆鞘、長柄中巻の大太刀を差す。

衣の下には、腹巻(甲冑)も着込めているようだ。

(捨身 Canon S110)

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2014年2月21日 (金)

七十一番職人歌合を観る(14)

B14022001

「辻子君」と対になっているのが、「立君」(たちきみ)である。

清水坂下、五条橋辺りで、夜な夜な路傍に立ち、

客を引いた女たちだ。

例によって、添えられた吹き出しの台詞を読む。

実は、この吹き出し、左右どちらから読むか、あるいは、

其々、どの人物の台詞と解するかで、説が分かれている。

それに拠っては、読み解き方も、全く違ってしまうのだ。

とりあえず、右から読んでみる。

…すは、御らんぜよ(右の女 松明で照らされて)

~さあ、御覧なさいよ!

…けしからずや(左の女)

~私の見目、悪くないでしょう?(綺麗でしょ?)

…よく見申さむ(右の男)

~じっくりと(お顔を)拝見いたそう。

…清水まで、いらせ給え(これを誰の台詞と採るか。男では)

~清水坂まで、ご一緒に参ろうか。

念のため、左から読むと(こっちのほうが、しっくりくるか)

~清水坂まで、いらっしゃりません?(右の女)

~じっくりと拝見いたそう(右の男 松明で照らしながら)

~さあ、御覧なさいよ!(右の女)

~(顔を見るなんて)ひどいわ(左の女)

因みに、立君は客に顔を隠す風習があったようだ。

近くの清水坂には、寝所が在ったのだろうか。

清水坂の非人が、彼女たちの元締め(本所)を務め、

上前をはねて、場所も用意していたと云う説がある。

とすれば、彼らは清水寺に属したから、立君も寺公認で、

(清水寺は、観音の利生で、ナンパの名所だったし…)

その支配下にあったことになる。

立君たちの装束、右の女は、小袖に衣かずき、

左手で裾を押さえ、右手人差指で、自分の顔を示す。

左の女も、小袖に衣かずき、市女笠を上げ、紐を緩める。

右の男、侍烏帽子に小袖袴、打ち刀、左手に松明、

右手人差指で、立君の顔を示す。

左の従者の男、束ね髪、直垂袴、打ち刀、主人の大太刀を持つ。

三尺(90㎝)を越える大太刀は、南北朝期から戦国期にかけて、

流行った武器だ。

腰に佩くより、背負うか、従者に持たせることが多い。

大太刀を扱えるのは、やはり、かなり手練の武士だろう。

(捨身 Canon S110)

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2014年2月20日 (木)

七十一番職人歌合を観る(13)

B14021901

七十一番歌合は、室町末期には成立したと考えられるが、

原本は失われ、残っているのは、近世の写本のみである。

今まで紹介したのは、江戸期の版本で、絵も白描だけど、

元は絵巻物だったらしい。

今回は、大名家に伝わる、彩色された豪華な写本より引く。

洛中の辻子(辻子については、こちらを参照)にて、

「辻子君」(ずしきみ=遊女)が営む、遊女屋での光景だ。

因みに、遊女屋とは、近世からの云い方で、

当時は「傾城局」(けいせいのつぼね)と呼ばれていた。

「傾城局」の戸口、客の男が、おずおずとした様子で立っている。

添えられた吹き出しの台詞を、右から追っていくと、

 (右手上 奥から顔を見せた辻子君に驚いて)

…や、上臈(客の男)

~おや、上臈(じょうろう)!

 (ついでながら、上臈とは、高貴な女性の意味だが、

  中世世界では、遊女を指すことが多かった。

  近世の女郎と云う言葉は、此処から転じたものだ)

…いらせ給へ(辻子君)

~お入りになって。

…ゐ中人にて候(客の男)

~田舎者でござりますよ。

…見知りまいらせて候ぞ。いらせ給へ(左手下、客引き女)

~お顔は、よく存知上げておりますよ。 

 さあ、お入りになって下さいまし!

とまぁ、こんな感じか。

客の男は、笠、長羽織、高足駄(高下駄)

打ち刀を帯に差し、袖で顔を隠す(無縁を表す、覆面だろう)

右上の「辻子君」は垂髪、左下の客引き女は、桂巻姿だ。

(捨身 Canon S110)

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2014年2月19日 (水)

七十一番職人歌合を観る(12)

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「上杉本・洛中洛外図屏風」から、

犬神人たち、年一度の晴れ姿を観る。

甲冑を帯して、「警ひつ」を発しながら、

祇園御霊会(祇園祭)の山鉾巡行の先導(先払い)し、

山鉾が進む道々の、穢れを清め、魔物、疫神を祓う。

何故、物々しい甲冑姿になるのか、よく判らないが、

霊力を纏う意味が、あるのだろうか。

あるいは、仏神に仕え、穢れを怖れない「犬神人」自身が、

既に、霊力を持つ存在として、畏怖されていたとも、謂えるだろう。

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こちらは、祇園社の神輿渡御の先頭を往く、犬神人たち。

いつもの様に、白帯で頭をからげ、柿色衣を羽織るが、

よく観ると、衣の下に甲冑(腹巻)籠手、喉輪を着込めている。

(捨身 Canon S110)

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2014年2月17日 (月)

七十一番職人歌合を観る(11)

B14021403

正月初め、洛中の家々を廻り、「懸想文」を売り歩いた、

「犬神人」たちの姿を「上杉本・洛中洛外図屏風」から引く。

「懸想文」とは、恋文から転じて、

良縁を得る、縁起物の護符となったものだ。

やはり、白帯を頭にからげ、柿色衣上)を着すが、

白帯を下げて、覆面をしている。

「懸想文売」は、江戸期まで続いていたようだが、

明治期には、絶えていた。

最近になって、京都の須賀神社(祇園社同様、牛頭天王を祀る)

の節分会で、復活していると聞く。

しかし、覆面はするけど、神官に似た白い浄衣姿だ。

その覆面の由来と称する話が興味深い。

かつて、困窮した高貴な公家が、懸想文の代筆をしていたが、

身を窶すために、覆面をしたからと云うのだ。

もとより、この話は嘘で、覆面は、既述のように、

中世世界の「犬神人」の装束に由来するものだ。

江戸期になって、彼らが、新たに想いついた、

「貴種伝説」と謂うべきものだろう。

(捨身 Canon  S110) 

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2014年2月16日 (日)

七十一番職人歌合を観る(10)

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「上杉本・洛中洛外図屏風」より、「弦売」(つるめそ)としての、

生業に従事する、「犬神人」(いぬじにん)の姿を示す。

川通りの弓屋での光景だ。格子戸に立掛けられた弓、

店内では、弓が作られているようだ。

頭に白帯をからげ、柿色衣を着た「弦売」が、

店先(右端)で、弓弦を張っている。

ちょうど、二人の武士風の客が、それぞれ弓を求め、

店から出てきたところだ。

祇園社の「犬神人」は、かつて、朝廷の兵部省に属した品部、

弓削部(ゆげべ)や、矢作部(やはぎべ)の末裔と、

称してきたことを、弓弦を商う、由来としていた。

ところで「犬神人」の、「犬」の字のことである。

「犬」には、「イヌブナ」のように、似て非なるものの意味がある。

「神人」の中でも、一段低く観られ、

あるいは、穢れの「清め」を務めてきたせいで、

「神人」であっても、「非人」と看做されていたからなのか。

「我ら賤しき身品(みしな)なれど」と表した口上が、切なく響く。

(捨身 Canon S110)

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2014年2月15日 (土)

七十一番職人歌合を観る(9)

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前回、「弦売」(つるめそ)で、祇園社の「犬神人」について、

触れたので、職人歌合を一寸離れ、同時代の絵画史料、

「上杉本・洛中洛外図屏風」(国宝 16C)に登場する、

彼らの姿を拾ってみようと想う。

「犬神人」は、白帯で頭をからげ、柿(色)衣を着す。

管領・細川邸の南側(右手に築地)の堀河(水堀のようだ)に、

架かる板橋を、三人の「犬神人」(上右手)が渡ろうとしている。

白帯を頭上に巻き上げ、覆面を外して、リラックスした様子か。

前述のように、彼らは、祇園社への奉仕である「清め」と、

祇園祭の「先触れ」の他に、いくつもの生業を持っていた。

「弦売」、歳末の「茶筅売」、正月の「懸想文売り」などである。

これらに従事する様は、洛中の季節の風物詩として、

絵画の格好なモチーフだったはずだ。

(捨身 Canon S110) 

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2014年2月14日 (金)

日々の写真 2/14

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多摩の横山、今冬二回目の積雪。

すっかり、雪国の風情だな。

日暮れて、風雪益々強し。

さて、雪投げは、どうしようか…

(捨身 Canon S110)  

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2014年2月13日 (木)

七十一番職人歌合を観る(8)

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引き続き、中世世界の覆面をする職人たちを紹介する。

「弦売」(つるうり または、つるめそ)弓弦を売る人々だ。

黒漆塗笠を被り、覆面に小袖、左手に丸く束ねた弦を持ち、

右手を、弦を入れた曲げ物桶の上に置く。

彼らは「犬神人」(いぬじにん)と呼ばれる、

祇園社(八坂社)に属した、非人たちだった。

洛中、境内の、穢れの清め(清掃、葬送、刑罰の執行)

祇園祭の、山鉾巡行の先触れ(先導役)を務める傍ら、

弓弦売りなどを生業とした。

毎年正月に、柿色衣、白覆面姿で、

護符、縁起物を売り歩くのも、彼らであった。

覆面の意味は、諸説あってはっきりしない。

仏神に仕える(僧兵のか頭=袈裟覆面も)常人ならぬ、

異界に属する者、あるいは、俗世との縁を断ち切った、

存在であることの、表象とでも、捉えようか。

覆面の下は、僧形であることが多かったようだ。

添えられた吹き出しの台詞は、

…弦召し候へ。

 ふせづるも候。

 せきづるも候…

~弦はご入用でございませんか。

 ふせ(布施=丹波国)産の弦もございます。

 せき(関=伊勢国)産の弦もございますよ~

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2014年2月12日 (水)

七十一番職人歌合を観る(7)

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中世世界で、覆面をする人々は、

乞食、非人、ライ者、犬神人など、賤視される人々が多かった。

職人、芸能民の中にも、同様な人々が観られる。

前者の境涯にある人々の、生業であった可能性が高いのだが、

「饅頭売」(まんじゅううり)もそうだろうか(未だよく判らない)

つば広の唐人帽子に覆面、小袖、袴、脚絆、草履。

おうご(天秤棒)に、通した前後の箱に饅頭を入れる。

左立膝で足を組む、独特の座り方で、右手で箱を指差す。

饅頭は、南北朝期に、元朝より禅僧が連れ帰った、

林浄因(塩瀬饅頭の始祖とも)が伝えたと云う。

彼は奈良に住み、饅頭造りを始めた。

爾来、饅頭は奈良の名物となった。

当時の饅頭は、今で謂うところの、酒饅頭のようなものか。

生地に酒種を入れ、蒸し上げる。

小豆、肉、野菜などの各種餡入りだから、

中華饅頭や、信州のお焼きに近いかもしれない。

描かれた「饅頭売」は、奈良から洛中へ売りに来たようだ。

添えられた吹き出しの台詞は、

…けさは、いまだ商ひなき、うたてさよ…

~今朝は、全然売れないな。参ったよ~

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2014年2月11日 (火)

七十一番職人歌合を観る(6)

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「山人」(やまびと)と呼ぶのは、山中に暮らし、樵や炭焼き、

狩猟、焼畑を生業とする人々の総称だろう。

歌合に登場する、他の職人や芸能民を差す場合と、

ややニュアンスを異にする。

後者の立場を、どちらかと謂えば、都市的な場の住民と観ると、

「山人」(=山民)は、「山」と云う、対極的な異界の住民なのだ。

「山」は、人が容易に入ることを拒む、

仏神や、祖霊が鎮まる領域、

あるいは、死霊が彷徨い、天狗や猛獣、山賊も跋扈する、

怖ろしい世界である。

そんな異界に棲む彼らも、山伏同様(お仲間だ)

中世世界では、大いに畏怖された存在だったと想う。

描かれる姿は、被り物は無く、中剃りに鉢巻、

小袖、袴、襟巻きと、部屋着のような感じだ。

毛皮の上に座り、囲炉裏で暖をとる。

後方には、柴、薪、斧が置かれる。

添えられた吹き出しの台詞は、

…ことしは、秋より、寒くなりたるは…

~今年は、秋から寒くなったわい~

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2014年2月10日 (月)

雪の朝 2014

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多摩の横山は、軽く、大人の膝に達するほどの積雪だった。

昨日、午後遅くの状況は、

轟々たる烈風、雪煙朦々と、視界効かず、

誇張無しに、八甲田山もかくやと、想われる吹雪で、

山間の当地では、外出には「遭難」のリスクもあり得た。

実は、雪投げを、昨夕から今朝にかけて、三度やった。

吹き溜まりの雪量が半端でないし、水分を多く含む雪の、

凍結の可能性もあったからだ。

腰や、古傷に負担がかかったのは、もとよりである。

因って、今宵は暫時、休息を頂き、書見などに充てることにする。

今日は、いろいろと、疲れること多し。やれやれ…

ついでながら、去年の積雪はこんな感じだった。

(捨身 Canon S110)

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2014年2月 9日 (日)

七十一番職人歌合を観る(5)

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「牙あい」(すあい)あるいは「すわい」と呼ばれた、女商人たちだ。

商人と云っても、仲買、ブローカー的な生業である。

洛中洛外の家々を訪ね歩き、不用品の買取りや、

新品との交換に応じていた。

扱う商品は、古着、古帯などの衣料、

櫛、古糸針、化粧道具などの小間物、

解毒、万病薬、目薬、各種薬品、茶など、様々な品目にわたる。

彼女たちに頼めば、あらゆる品物を調達出来た。

 (男性客には、女性の紹介もしたらしく、

  必要とあらば、自らが、その役割を果たしたとも)

買い取りを除けば、連雀商人の女性版とも、謂えなくもない。

顧客は、上下貴賎幅広く、立ち廻り先も多かった。

やや年長けた女と、若い女がペアを組んで、

それぞれに、役割分担をしていたようだ。

装束は、衣かずきに市女笠、小袖、草履だが、

商売柄か、つつましく、全てセコハンもの(古着)だった。

左の大柄な若い女ほうは、肩に商品を入れる大袋を担ぐ。

添えられた吹き出しの台詞は、

…御ようやさぶらふ…

~御用はございますか~

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2014年2月 8日 (土)

七十一番職人歌合を観る(4)

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「弓取」(ゆみとり)は、謂うまでも無く、武士のことだ。

彼らも、道々(諸道)の輩=芸能民(職人)の範疇に、

入れられているのが面白い。

中世世界の武芸とは、基本的に弓馬の芸(道)を差す。

騎馬で馳せ向かい、騎上から、矢を放っては避け、また放つ。

相手には、巧みに「弓手」(ゆんで=左側)だけを向けるように、

馬首を廻らし続ける(鎧は、弓手側が堅固に出来ていた)

もとより、馬は自在に乗りこなさねばならない。

太刀さばきが、問われるのは、中世も終わりになってからだ。

添えられた、吹き出しの台詞に、

…運は天にあり、

  命(めい)は義によりて

  かろし…

~運は天に任せた。

  義のためには、命も軽いものだ~

装束は、梨子打烏帽子(なしうちえぼし)に鉢巻、

鎧直垂、弓籠手(ゆごで)脛当(すねあて)貫(つらぬき)

雁股(かりまた)の鏑矢を持ち、傍らに太刀と弓を置く。

ところで、再び問うに「武士とは何だろう」かと。

未だ中世史学でも、これと云った定説は出ていないのだ。

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2014年2月 7日 (金)

七十一番職人歌合を観る(3)

B14020201

「暮露」(ぼろ)「ぼろぼろ」あるいは「梵論字」(ぼろんじ)と、

呼ばれた、遍歴する修行者の姿だ。

鎌倉末期頃に現われたとするのは、

あの有名な、徒然草の挿話に拠る。

諸国の「宿河原」に道場を置く、念仏者ながら、

殊更に武闘を好む集団として描かれるが、不明なところも多い。

束髪に白鉢巻、髭面、直垂に黒袴、足駄(あしだ=げた)を履く。

興味深いのは持物で、長柄の傘と、打ち刀を携える。

八角棒を持つ絵画史料もあり、もとより「異形」の部類に入る。

打ち刀とは、古来の太刀が、主に馬上で使われ、

時代が下るにつれて、儀仗用になっていったのに対し、

中世後期より多用される、徒歩斬撃に適した実戦用の武器である。

それと判るのは、腰刀より長く(俗に二尺三寸以上)

刃を上に向けて(太刀は下で、帯に吊るす)帯に差すからだ。

まず、戦いのプロの匂いが、漂ってくる武器なのは否めまい。

実際に、太刀と打ち刀で武装した、戦国期の武将の姿を示す(下)

近年、武田信玄(晴信)の出家以前の真像ではないかと、

話題になっているものだ(筆者もそう想う)

左腰(柄が左腕付近)から、平行に佩く(吊るす)のが太刀。

(上に大きく鞘先が観える) その上、青の柄巻、刃を上に向け、

やや斜めに、帯に差すのが打ち刀だ(下に鞘先が覗く)

甲冑、兜含め、装束が全て、時代に合っている稀有な例だろう。

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(捨身 Canon S110)

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2014年2月 5日 (水)

鬼の持ち物は… つけたりとして

B14020401

昨日から、中世世界の鬼の画像を繰っていて、

今更のように、気がついたことがあった。

鬼には、「打ち出の小槌」と云う、決まった持ち物がある。

鬼を描く場合、添えられることが多いはずと、

探してみたのだが、意外に見つからない。

ところが、最初に紹介した、鎌倉後期の「春日権現験記絵」の、

鬼は、ちゃんと、褌の後に差して(上)携えて居たのだ。

この鬼は、正統的に描かれていたと謂えるだろう。

「打ち出の小槌」は、室町後期に流行った「お伽草子」などに、

象徴的に出てくるので、よく見知ったつもりでいた。

でも、一寸調べてみると、文献も少ないのだ。

そんな中で、想い当ったのが、平家物語だった。

 巻第六、第五十六句、

 清盛が白河院の落胤であった経緯が語られる。

 ある雨降る黄昏、祇園の女御(清盛の母)のもとへ通う、

 白河院の供をした忠盛一行が、「鬼」と出くわす場面だ。

…あな、おそろしや。まことの鬼とおぼゆるなり。

 持ちたるものは、聞こゆる「打ち出の小槌」なるべし。

 これはいかにせん…

 居合わせた人々は大騒ぎに。院は忠盛に、

 「射殺すなり、切り殺すなりしてしまえ」と命じる。

 忠盛は、冷静な男だったので、内心、不審に思い、

 そっと走り寄って、むずと捕まえてみれば、

 御堂の灯りを点けようとした老法師が、頭に藁を被り、

 油を入れた瓶と土器を持って、出て来ただけなのであった。

 院は、忠盛の思慮深い行動に感心し、

 褒美に、寵愛深い、この祇園の女御を賜ったのである。

 彼女は、既に身ごもっていたと云うことだ。

平安後期には、「鬼と打ち出の小槌」が定番であったことが、

窺える挿話だ。

とすれば、「打ちで小槌」の由来は、もっと古いことになる。

ひょっとしたら、「竹取り」と同じくらいかもしれないな。

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(時ならぬ雪に見舞われた今日の多摩の横山 捨身 S110)

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2014年2月 4日 (火)

小田原北条家伝来の鬼

B14020301

節分に因んで、中世世界の鬼の画像を探してみた。

気になっていたのは、サントリー美術館で観たことがある、

「酒伝童子絵巻」だった。

この絵巻、出来の良さも、さることながら、由緒が興味深いのだ。

小田原北条家二代・氏綱が、大永二年(1531)に、

京の当代一流、狩野元信の工房へ注文し、

北条家代々に伝来した。

その後、五代・氏直夫人(家康次女)が、所持したが、

北条氏滅亡と、夫の死去にともない、

彼女の再嫁先、姫路・池田家に伝わると云う、数奇な運命を辿る。

小田原北条氏関係の遺物は、殆ど現存していないので、

極めて希少なケースだろう。こういった作品から、窺えるのは、

まず、京好みである。和歌や古典に親しんだり、

彼らの文化的嗜好は、関東の地に在って、

専ら、京都へ向いていたようだ。

(初代・早雲は、備中生まれ、京育ちだった)

絵巻の場面は、酒呑童子の眷属、鬼の面々。

戦国期になると、鬼の姿も、装束が凝ってきて、

(所謂、褌一丁じゃなくて、珍奇な異国風だ)

個性が強調されているのが判る。

何故か、三つ目が多いのも面白い。

(捨身 Canon S110)

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2014年2月 2日 (日)

七十一番職人歌合を観る(2)

B14020101

昨日の山伏と対になっていたのは「持者」(ぢしゃ)と云う。

例によって、添えられた吹き出しには、

然も、強面そうな山伏を茶化して、

…あら、おんかな、おんかな。

  二所三嶋も御覧ぜよ…

~ああ、おっかない、おっかない。

 二所(伊豆山権現、箱根山権現)三嶋明神も、御照覧あれ。

 (二所三嶋の神々に誓っても、山伏には靡きませぬよ)~

もとより、宗教者のはずだが、「持者」のことはよく判らない。

「持経者」(ぢきょうしゃ)

=法華経を読誦しながら、諸国を遍歴する聖(ひじり)の略称と、

云われるが(六十六部と似て居るな)

他の職人歌合でも、別に登場するし、僧形なので、違うだろう。

此処で、詠まれる歌に、

…いかにしてけうとく人の思ふらん 我も女のまねかたぞかし…

~どうして、人は気味悪く思うのだろう。

  私も女の姿を真似ているのですよ~

とあるから、「女装」の男性を強調しているのである。

姿を観るに、確かに垂髪(すいはつ=女性の髪形だけど、

童形でもある。これについては後述)で、作り眉、

女性の小袖と打掛、苛高数珠を持ち、草履を履く。

垂髪の童形と観れば、寺社に属した、稚児と男色を、

連想してしまうわけだ。

稚児は、長じて僧になれれば、恵まれたほうで、童形のまま、

寺社の下働きをする「堂の童子」になる例が多かった。

中世世界では、童子と女性は、より仏神に近い存在だ。

巫女のように、憑巫(よりまし)の役割を務めたかもしれぬ。

山伏と対にしたのは、遍歴が考えられるし、

男装の白拍子の如く、中世世界の「異性装」の問題も孕む。

「持者」の実相が、より深遠で、

ミステリアスなものになって往くのは否めない。

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2014年2月 1日 (土)

七十一番職人歌合を観る(1)

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戦国期(16C)に成立した「七十一番職人歌合」に登場する、

中世世界の、様々な職業に携わる人々の姿を観ていこうと想う。

(職人歌合については、こちらを参照)

既に、木地師(轆轤師)と心太(ところてん)売りは紹介した。

今回は山伏だ。原画には、吹き出しのように、

左上に、彼らの台詞が添えられている。

…是は出羽の

 羽黒山の客僧にて候。

 三つのお山に参詣申候…

~私は出羽の、

 羽黒山の客僧(諸国を遍歴する修行者=山伏)

 でございます。

 三つのお山(熊野三山=本宮・那智・新宮)へ、

 参詣いたすのでございます~

山伏の姿は、切髪(肩の辺りで切り詰めた髪)

頭巾(ときん)を被り、

篠懸(すずかけ=山伏の着る直垂様の麻衣)袴、

脚絆、草履、左手に苛高数珠(いらたかじゅず)

右手に何故か鉞?(まさかり=武器か、山中の道具か)

肩に結袈裟(ゆいげさ 菊綴=総無し)を掛ける。

さて、職人歌合には、もう一人、対になる職人が、

出てくるのが決まりである。

その組み合わせが、何とも意味深…

(あくまでも、中世世界で)なので、次回にでも。

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