« 小田原北条家伝来の鬼 | トップページ | 七十一番職人歌合を観る(3) »

2014年2月 5日 (水)

鬼の持ち物は… つけたりとして

B14020401

昨日から、中世世界の鬼の画像を繰っていて、

今更のように、気がついたことがあった。

鬼には、「打ち出の小槌」と云う、決まった持ち物がある。

鬼を描く場合、添えられることが多いはずと、

探してみたのだが、意外に見つからない。

ところが、最初に紹介した、鎌倉後期の「春日権現験記絵」の、

鬼は、ちゃんと、褌の後に差して(上)携えて居たのだ。

この鬼は、正統的に描かれていたと謂えるだろう。

「打ち出の小槌」は、室町後期に流行った「お伽草子」などに、

象徴的に出てくるので、よく見知ったつもりでいた。

でも、一寸調べてみると、文献も少ないのだ。

そんな中で、想い当ったのが、平家物語だった。

 巻第六、第五十六句、

 清盛が白河院の落胤であった経緯が語られる。

 ある雨降る黄昏、祇園の女御(清盛の母)のもとへ通う、

 白河院の供をした忠盛一行が、「鬼」と出くわす場面だ。

…あな、おそろしや。まことの鬼とおぼゆるなり。

 持ちたるものは、聞こゆる「打ち出の小槌」なるべし。

 これはいかにせん…

 居合わせた人々は大騒ぎに。院は忠盛に、

 「射殺すなり、切り殺すなりしてしまえ」と命じる。

 忠盛は、冷静な男だったので、内心、不審に思い、

 そっと走り寄って、むずと捕まえてみれば、

 御堂の灯りを点けようとした老法師が、頭に藁を被り、

 油を入れた瓶と土器を持って、出て来ただけなのであった。

 院は、忠盛の思慮深い行動に感心し、

 褒美に、寵愛深い、この祇園の女御を賜ったのである。

 彼女は、既に身ごもっていたと云うことだ。

平安後期には、「鬼と打ち出の小槌」が定番であったことが、

窺える挿話だ。

とすれば、「打ちで小槌」の由来は、もっと古いことになる。

ひょっとしたら、「竹取り」と同じくらいかもしれないな。

B14020402

(時ならぬ雪に見舞われた今日の多摩の横山 捨身 S110)

|

« 小田原北条家伝来の鬼 | トップページ | 七十一番職人歌合を観る(3) »

民俗」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 小田原北条家伝来の鬼 | トップページ | 七十一番職人歌合を観る(3) »