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2014年3月24日 (月)

極楽寺坂から長谷観音へ(3)

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鎌倉・長谷寺の創建は奈良時代と云うが、詳細は不明である。

鎌倉中期以降になると、観音堂が在ったのが明らかになる。

奈良の長谷寺に見立てた伽藍になるのも、中世以降だろう。

所謂、長谷寺様式の、地蔵のような、右手に錫杖を持った、

異形の十一面観音が本尊だが、これは「長谷寺信仰」とも呼べる、

一寸、ユニークな観音信仰だと想う。

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海を見下ろす観音堂は、極楽寺坂と続く山稜を背負う。

近代に入って、尾根を整地した際に、

大量の五輪塔と板碑が出土したようだ。

鎌倉西方の境界の当地は、中世世界の葬送地と考えられ、

隣りの大仏=阿弥陀如来と並んで、強い関連性が窺える。

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加えて、直ぐ近くの極楽寺坂下に、鎌倉市中最大の非人宿と、

西大寺律宗、東国最大の末寺、極楽寺の存在がある。

極楽寺は、奈良坂の般若寺同様、乞食、らい者の、

救済施設を擁していたから、中世世界の極楽寺坂では、

奈良坂と、酷似した光景が繰り広げられていたはずだ。

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(捨身 Canon G1X)

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