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2014年3月の記事

2014年3月30日 (日)

極楽寺坂から長谷観音へ(5)

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極楽寺、長谷界隈を、この春、最初の探索地に決めた。

やや東側に鎮座する、甘縄の神明社へ登ってみる。

観音と大仏の鎮守とされ、

おそらく、鎌倉期以前の草創であろう。

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もとより、海を見下ろす「勝地」だ。

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北条一族と並び、鎌倉を支えた安達一族の館跡とも云う。

中世世界の、この辺り一帯は、西大寺律宗の、

極楽寺の支配下に在ったようだ。

谷戸には、坂下の非人宿、乞食・らい者の救済施設が、

立ち並び、背後の尾根は葬送地で、石塔や板碑が林立する。

二つの切り通しは、「極楽寺坂」と「大仏坂」と呼ぶ。

これは、筆者の勝手な、想像なのだが、

関東の「奈良坂」に見立てられていたような気もしている。

観音や大仏も、その文脈から、捉え直す必要がある。

とりあえず、稿を改めて、当地の探索を続けよう。

(捨身 Canon G1X)

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2014年3月29日 (土)

観桜 2014 (4)

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谷戸奥で、やっと見つけた自生の山桜だ。

多摩丘陵では、希少種の「マメザクラ」と想われる。

一輪、綻んでいた。

大事にしたいので、場所は秘することにする。

ご容赦を。

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水源地近くでは、コブシが見頃だった。

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谷戸入り口に戻る。

菜の花か。

これから始まる饗宴。賑やかになるな。

そうそう、今年最初の鶯も聞いた。

(捨身 Canon S110)

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2014年3月28日 (金)

観桜 2014 (3)

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谷戸歩きは、四季を問わず、愉しい。

様々な邂逅がある。

ネコヤナギは、今ならではだな。

谷戸は、中世から数百年に亘って、人手が入っているので、

人工物が混じる。それはそれで、面白いのだ。

桜も人が関わる。

早咲きの交配種だろうが、突然、満開の中へ迷い込んだ。

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高曇りは、よく光がまわる。

桜を撮る時は、逆光か、半逆光を心がけるのだが、

花びらを透過する光を表現したくて、かなりプラス補正した。

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さらに、谷戸奥へ入っていこうか。

(捨身 Canon S110)

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2014年3月27日 (木)

観桜 2014 (2)

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この前、残雪を踏み分けた、谷戸奥へ往ってみた。

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カタクリの群落は、満開だった。

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スミレも。一センチに満たない可憐さだ。

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山桜の古木。未だ蕾は固い。

四月上旬過ぎでないと、無理だろうな。

(捨身 Canon S110)

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2014年3月26日 (水)

観桜 2014 (1)

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多摩丘陵では、谷戸ごとに、開花日が異なるようだ。

品種にもよるのだろうが、もうこんなに咲いている。

因みに、去年の観桜シリーズの初回は、3月22日だった。

(捨身 Canon S110)

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2014年3月25日 (火)

極楽寺坂から長谷観音へ(4)

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長谷観音より、鎌倉の海を望む。

右側の崖は、極楽寺坂から続く山稜の一部である。

やはり、観音は、このような「勝地」(しょうち=景観の良さ、

 のみならず、仏神の縁、海陸交通の便に恵まれた適地)

を選んで、鎮座するのだ。

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この前、当地を探索したのは、2008年の秋だった。

去年秋の、奈良坂を経た今、

全く、足りていないことを痛感する。

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まずは、この春、此処から始めようと想う。

とりあえず、キーワードは、十一面観音と阿弥陀仏、

そして、地獄か。

(捨身 Canon G1X)

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2014年3月24日 (月)

極楽寺坂から長谷観音へ(3)

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鎌倉・長谷寺の創建は奈良時代と云うが、詳細は不明である。

鎌倉中期以降になると、観音堂が在ったのが明らかになる。

奈良の長谷寺に見立てた伽藍になるのも、中世以降だろう。

所謂、長谷寺様式の、地蔵のような、右手に錫杖を持った、

異形の十一面観音が本尊だが、これは「長谷寺信仰」とも呼べる、

一寸、ユニークな観音信仰だと想う。

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海を見下ろす観音堂は、極楽寺坂と続く山稜を背負う。

近代に入って、尾根を整地した際に、

大量の五輪塔と板碑が出土したようだ。

鎌倉西方の境界の当地は、中世世界の葬送地と考えられ、

隣りの大仏=阿弥陀如来と並んで、強い関連性が窺える。

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加えて、直ぐ近くの極楽寺坂下に、鎌倉市中最大の非人宿と、

西大寺律宗、東国最大の末寺、極楽寺の存在がある。

極楽寺は、奈良坂の般若寺同様、乞食、らい者の、

救済施設を擁していたから、中世世界の極楽寺坂では、

奈良坂と、酷似した光景が繰り広げられていたはずだ。

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(捨身 Canon G1X)

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2014年3月23日 (日)

極楽寺坂から長谷観音へ(2)

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極楽寺坂の江ノ電駅側(極楽寺駅)崖下、アパート裏に、

中世石塔群が潜んでいることを知らなかった。

今回、初めて、探索してみる。

上杉憲方墓と伝える、少なくとも、南北朝期は下らない、

五輪塔群と、五重と七重の層塔である。

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特に、所謂、四仏(東=薬師 西=阿弥陀 南=釈迦 北=弥勒)

が刻まれた、七重層塔がいい。

箱根石仏や、奈良坂・般若寺の層塔を想起させる佇まいだ。

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律宗の叡尊や忍性らに率いられた石工集団(伊派と大蔵派)との、

関わりが十分に考えられる。

何しろ、当地に在った極楽寺も、忍性開山になるからだ。

(捨身 Canon G1X)

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2014年3月22日 (土)

極楽寺坂から長谷観音へ(1)

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桜には未だ早い。

でも、春は、ドアの直ぐ向こう側に佇んでいる。

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午後、想い立って、カメラを持ち出し、

鎌倉の極楽寺坂から、長谷観音まで歩いてみた。

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海辺を包む光は、もう、やわらかだった。

(捨身 Canon G1X) 

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2014年3月21日 (金)

七十一番職人歌合を観る(36)

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もし、中世世界を自由に歩けるのなら、

まず、往ってみたいのは、市庭、そして、宿であろうな。

賑わい、喧騒、並べられた豊富な産品、

行き交う、様々な生業の人々…

一日居ても、飽きないと想う。

如何にも、景気がよさそうな、「魚売」(いをうり)は、

皆、「女商人」あったと記されている。

垂髪に桂巻、小袖姿。右手に魚の扱いに使う、手鉤を持つ。

傍らに、鯉のような魚が三匹、竹籠の中にも数匹観える。

洛中で商われる魚は、淡水の鯉や鮎が多かったようだ。

添えられた吹き出しの台詞は、

…魚は候。

 あたらしく候。

 召せかし。

~魚、ございますよ。

 活きも、ようございます。

 お買いなさいまし~

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2014年3月20日 (木)

七十一番職人歌合を観る(35)

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遅くとも、鎌倉前期には、「麹売」(こうじうり)は酒作から、

分化、専業化(麹座もあった)が始まっていたと想われる。

市庭で売られていた麹は、酒麹であろう。

麹を買って、自家製の酒(どぶろくの類だろうが)

を造る人々も多かったのではないか。

今でこそ「密造酒」だが、そこは、自力救済の中世世界だ。

でも、プロが作る酒には敵わないわけで、

出来上がった酒を、市庭で求めるようになっていったはずだ。

「麹売」も女性で、図像は、垂髪に頭巾、小袖、

裸足、立膝(中世女性の典型的な座り方だ)

脛巾(はばき)を着ける。

傍らに、麹(黒麹か?)を載せた、円形と方形の折敷(おしき)

のような容器を置く。

添えられた吹き出しの台詞は、

…上戸(じょうご)たち、

  御覧じて、

  よだれ流し給ふな…

~酒好きの皆様!

 これを御覧(ごろう)じて、

 よだれ、流しなさいますな~

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2014年3月19日 (水)

七十一番職人歌合を観る(34)

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中世世界の市庭は、様々な食品を商う女性たちで、

賑わっていたであろう。

荘園の地元、政所の連中が、接待のために、

市庭で酒肴を買出し、いくら支出したと云う、決算書も残っている。

中でも、やはり酒は、まず、調達すべきものだった。

酒を製造し、市庭で販売するのは「酒作」(さかづくり)である。

つい最近まで、酒造りの現場は、女人禁制なんてこともあったが、

中世世界では、その微塵も窺えない。

むしろ、女性が主役だったと謂ってもよいのではないか。

図像は、餅売のように、髪を布で覆い、紐で鉢巻状に後で結び、

小袖に打掛を羽織る。酒を入れた桶が二つ、一つは蓋付だ。

後方に、小分け用の「瓶子」(へいし=へいじ)二本が置かれる。

添えられた吹き出しの台詞は、

…先(まず)酒召せかし。

 はやりて候、うすにごりも候…

~何はともあれ、まず酒をお買いなさいませ。

 今流行っております「うす濁り」もございますよ~

この時代(室町末期=戦国期)は、既に、

「清み酒」(すみざけ)「濁り酒」「うす濁り酒」と選べたようだ。

「うすにごり」とは、現在の「無濾過」と呼ぶタイプの酒に、

近いのだろうか。

一寸味わってみたい気もする。

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2014年3月18日 (火)

七十一番職人歌合を観る(33)

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「紺掻」(こんかき=こうかき 近世では紺屋=こうや)とは、

藍染職人のことである。やはり、女性が多かったのだろう。

図像は、垂髪に桂巻、筒袖を捲り、藍瓶(あいがめ)から、

藍汁に浸した布を引き上げている。

藍瓶は、描かれたように、

土中に、首まで埋め込まれた状態で、設置される。

常滑か、信楽産の大瓶が使われていたようだ。

添えられた吹き出しの台詞は、

…たヾ一しほ染めよと、おほせらるゝ…

~ただ「一しお」だけ、

 (しお=布を染め汁に浸す回数を数える言葉)

 染めるようにとの、仰せなのですよ~

「紺掻」は、客の注文に応じて、染めをやったらしく、

この場合は、紺座を擁していた上級公家の誂えを想わせる。

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2014年3月17日 (月)

七十一番職人歌合を観る(32)

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中世世界の市庭で、活躍していた女性たちの一人、

「餅売」(もちゐうり)である。

中世の餅(もちゐと呼ぶ)は、今日の餅と同じく、糯米を蒸し、

臼で搗くわけだが、饅頭のように中に具は入れず、

餅の上に、小豆餡などをトッピングする。

きび、粟、よもぎを混ぜて、搗くこともあった。

今でも、門前町の土産物で、似たようなスタイルの餅を、

観ることがある。やはり、正月、節句、祭礼のような、

ハレの日に合わせて、売られるものだった。

図像の女性は、垂髪を布で覆い、後を紐で結ぶ小袖姿。

木箱や曲物に、餅が並べられている。

ふっくらとした彼女の顔立ちも、「餅売」にピッタリという感じだ。

添えられた吹き出しの台詞は、

…あたゝかなる、餅まいれ…

~温っかい餅、おあがんなさいな~

ついでながら、「餅は餅屋」と云うが如く、

農閑期の片手間仕事ではなかったようだ。

れっきとした「餅座」があり、彼女もその一員のはずで、

もとより「プロの餅売」であろう。

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2014年3月16日 (日)

七十一番職人歌合を観る(31)

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女性の職人も挙げてみたい。

まずは「機織」(はたおり)である。

機を織る女性が多かったのは、古代まで遡り得ることだと想う。

図像の女性は、束ね髪、手無(てなし=袖無しの胴衣)で、

機を操作している。後に散らばっているのは、

管と枠(くだとわく=ともに、機の緯糸を巻きつける小軸)

添えられた吹き出しの台詞は、

…あこ(吾子)やう。

 くだ(管)もてこよ…

~ねえ、坊や!

 管、持ってきてちょうだいな~

子育てしながら働く女性の姿は、

かつては、ありふれた光景だったはずだ。

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2014年3月15日 (土)

七十一番職人歌合を観る(30)

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中世世界では、鍋釜は、持つべき財産であった。

持ち運び出来るから、動産の類であろうな。

必ずしも、安価とはいかなかっただろうが、

いずれも、市庭で自由に求められたはずである。

その市庭の「鍋売」(なべうり)が挙げられている。

彼は、鍋を作った職人=「鋳物師」(いもじ)の存在を、

暗示するとも、謂えなくもない。

図像は、侍烏帽子、直垂袴、草履を履く。

左手に注ぎ口付の鍋を持ち、右手で釜を指し示すのか。

傍らに、脚付の鍋が三枚重ねられ、大きな鍋も一枚。

添えられた吹き出しの台詞は、

市庭で交わされる、売り言葉らしくて面白い。

…「播磨鍋」(播磨国名産の銅鍋。播磨鋳物師が作る)

 かはしませ。

 釜もさふらうぞ。

 ほしがる人あらば、仰せられよ。

 弦をもかけてさう…

~「播磨鍋」をお買いさないな。

 釜も御座いますよ。

 欲しいお人は、お言い付け下され。

 鍋に弦(把手)も掛けて進ぜましょう~

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2014年3月14日 (金)

七十一番職人歌合を観る(29)

B14031301

木地師の仕事は、挽き物、曲げ物、指し物の、三つに分けられ、

その内、挽き物の「轆轤師」は、既に紹介した。

歌合では、曲げ物を作る「檜物師」(ひものし)も挙げている。

「檜物」とは、檜材を用いた曲げ物のことだ。

図像は、侍烏帽子、小袖袴、諸肌脱ぎ。右手に持つ刃物で、

檜の薄板を、曲げ易くするように、筋目を入れている。

傍らに、完成品の曲げ物(桶と蓋か?)砥石と砥台、小刀を置く。

添えられた吹き出しの台詞は、

…湯桶にも、これはことに大なる。

 なにのために、あつらへ給ふやらむ…

~湯桶に使うとしても、これは大き過ぎるな。

 何のために、お誂えになるんじゃろ~

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2014年3月13日 (木)

七十一番職人歌合を観る(28)

B14031101

建築関係の職人衆が続いたけれど、

当然、彼らが使う道具類のメンテも必要になる。

歌合では、鍛冶と供に、「研」(とぎ=研師)が挙げられる。

図像は、侍烏帽子、小袖袴、片肌脱ぎで、刀を研ぎ、

傍らに、砥水を入れた舟形と大小の砥石、小刀を置く。

添えられた吹き出しの台詞は、

…さきがおもき。

 今少をさばや。

 主に問い申さん。

 はばやさはいかに。

 手を切るぞ。

~刃先が重いな(充分に研ぎ上がっていない)

 もう一寸、力を入れて研ぐとしよう。

 刀の持ち主に聞いみようかの。

 刃早やさ(刃早し→刃の切れ味)は、如何様に。

 心しないと、手を切ってしまうわい~

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2014年3月11日 (火)

七十一番職人歌合を観る(27)

B14030901

今も、中世世界も、建築とは、様々な人々が関わる、

チームワークである。大きな建築、例えば、

平家の南都焼討ちで焼失した、東大寺の再建となれば、

国家的な大事業だから、膨大な人数を統べる、

有能なプロデューサーが必要になる。

重源がその人だったが、彼には、経営的な才覚はもとより、

スポンサーとしての、権門勢家(頼朝や後白河法皇)に、

顔が利く政治力、各分野の職人(大工)たちを自在に動かす、

技術力にも、恵まれていたはずだ。

話は逸れたが、番匠、鍛冶、壁塗と、建築関係が続き、

今回は「檜皮葺」(ひわだぶき=檜皮師)とくる。

檜皮(檜の樹皮)で、寺社や御殿の屋根を葺く職人のことだ。

檜皮葺の建物は、最早、現存しているものが少ないけれど、

何とも中世的な感じがして、個人的にも、好ましい。

図像は、侍烏帽子に直垂袴。右手に木槌を持ち、

傍らに、檜皮二束、竹釘(檜皮を屋根に固定するのに使う)

を入れた木箱、金槌を置く。

添えられた吹き出しの台詞は、

…この棟がはらが、をそき…

~あの棟瓦(むながわら=棟葺き用の瓦)の、

 手配が遅れておるぞ~

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2014年3月 9日 (日)

七十一番職人歌合を観る(26)

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この歌合の冒頭は、番匠、鍛冶の順で始まるのだけれど、

三番目にくるのが、「壁塗」(かべぬり)である。

つまり、建築関係の職人から、優先的に挙げられているわけで、

その辺りから、歌合の成立の背景も窺われて、

興味深い(京極氏や相国寺の関わりも)

また、選から洩れている重要な職人、例えば「鋳物師」(いもじ)

とかにも、裏事情がありそうで、関心が向く。

図像は、侍烏帽子、直垂袴に腰刀。

右手に元首鏝(もとくびごて)左手に壁土を載せる鏝板を持ち、

傍らに、壁土を入れた曲物の桶を置く。

添えられた吹き出しの台詞は、一寸下世話っぽくて、

…やれやれ、うば(=姥)らよ。

 家にて鏝、猶とりてこ。

 壁の大工まいりて候。  

 下地とくして候はばや…

~おいおい、古女房どのよ(老妻への呼びかけ)

 やっぱり、家にある鏝を持ってきておくれ。

 大工(壁塗の長)が参りました。

 下地を早々に仕上げてしまいましょう~

ついでながら、「壁塗」を「左官」と呼ぶ由縁は、

番匠や鍛冶と同じように、朝廷の木工寮に属した頃に、

四等官の最下位である「主典」(さかん)を称したからとか、

左右に分かれていた職人組織の「左方」に属したからとか、

諸説あって、よく解っていないようだ。

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2014年3月 8日 (土)

七十一番職人歌合を観る(25)

B14030601

番匠と対になっているのが、「鍛冶」(かぢ)である。

彼らも、中世世界を代表する職人であろう。

番匠と同じく、朝廷の木工寮に属した職人集団から、

中世には、大寺社や権門勢家の神人・寄人になっていく。

建築用の鉄釘、鎹などを製するのが、主な仕事なのだが、

やはり、武具・刀剣と打つと云うのも「鍛冶」のイメージだ。

図像は、侍烏帽子、直垂袴姿。左手に鉄箸(かなばし)

右手に鎚を持つ。傍らに鉄床(かなとこ)

鑢を入れた箱、小鎚を置く。

添えられた吹き出しの台詞は、

…京極殿より打ち刀を、御あつらへ候。

 大事に候かな。かゝるべきと…

~京極様(室町幕府・四職家の一つ)より、

 打ち刀の注文を承っております。

 事のほか、荷の重い仕事でござりますなぁ。 

 さて、かかるとしますか~

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2014年3月 6日 (木)

七十一番職人歌合を観る(24)

B14030501

中世世界を代表する職人は「番匠」(ばんじょう=ばんしょう)だろう。

七十一番職人歌合でも、一番最初に採り上げられている。

現代風に謂えば、大工なのだろうが、本来は「番匠」たちの長、

棟梁を指す言葉である。

個々の職人は「番匠」あるいは「工匠」「木工」と呼ぶ。

古代より、朝廷の木工寮に所属する職人集団だった伝統で、

官位官職を持つ人々も多かった。

中世に入り、律令制が崩れてくると、大きな寺社や上級貴族に、

神人・寄人として属し、諸役免除の身分で、

高度な専門技術を持って奉仕するようになる。

図像では、侍烏帽子、直垂袴、腰刀と、成人男性の正装だ。

右手に手斧(ちょうな)を持ち、傍らに、曲尺、墨壷、鑿、鎚を置く。

添えられた吹き出しの台詞は、

…我々もけさは、相国寺へ、又召され候。

 暮れてぞかへり候はんずらむ…

~私も、今朝、再び相国寺に呼ばれました。

 日暮れには、帰ることでございましょう~

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2014年3月 5日 (水)

七十一番職人歌合を観る(23)

B14030401

木地師の仕事は、曲げ物、指物、挽き物の三つに分けられる。

その内、轆轤を使う、挽き物は、

前にも触れたが、轆轤師(ろくろし)の仕事だった。

轆轤師の手を離れた、碗、皿、盆、杓子などの半製品は、

白木の儘もあったが、多くは次の工程の、

漆塗りに廻されたであろう。「塗師」(ぬし)の出番である。

彼らの仕事は、二段階に分かれる。

まず、生漆(きうるし)を「やなし」=均質にして、

「くろめ」=加熱、水分を取り除く(製漆)

図像は、侍烏帽子と僧形の二人組みの男が、

布や和紙(漆漉)で、漆を絞り、濾過して、

均質にしている様を示す。

最後に塗り、これは三十回以上に及ぶ、塗り重ねと、

研磨、乾燥を経るもので、もとより、かなりの手間だ。

こうして、「塗師」のもとで、最終的な仕上げが行われ、

完成品として、市庭に並ぶわけだ。

添えられた吹き出しの台詞は、

…よげに候。木掻(きかき)のうるしげに候。

 今すこし、火どるべきか…

~うまい具合になっております。

 掻き採ったばかりの、新鮮な漆のようでござりますな。

 今少々、火にかけて、水分を取りましょうか~

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2014年3月 3日 (月)

七十一番職人歌合を観る(22)

B14030201

既に触れているが、「筏士」(いかだし)とは、

山間で「そま人」(山人)たちが切り出した用材を、筏に組み、

川に流す人々だ。「川並衆」(かわなみしゅう)とも呼ぶ。

長い川筋を、急流や淵、時には堰を利用しながら、

筏を巧みに操って下し、最終的には、河口の津(湊)で、

木材を海運業者に託すまでが、彼らの仕事である。

中世世界では、絶えず何処かで、

大きな寺社建築が行われていたであろうから、

木材の需要も多く、諸国より調達する必要があった。

こういった人々は、山―川―海を往来して結び、

各地の大小の河川で活躍していたはずだ。

水運、治水に関わる高度な技術は、もとより、

様々な情報にも、通じていたことだろう。

図像は、笠、蓑、藁脚絆を身に着け、棹を持ち、筏に乗る。

添えられた吹き出しの台詞は、

…此のほどは、水潮よくて、

 いくらの材木を、下しつらむ…

~近頃は、水量の具合がよくて、

 如何ばかりの材木を流し下したことか~

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2014年3月 2日 (日)

七十一番職人歌合を観る(21)

B14030101

「枕売」(まくらうり)とは、工房で作った枕を、

市庭、あるいは行商で商った人々だろう。

中世世界の枕は、多くは木枕で、黒、朱漆塗りか白木、

錦、絹地、畳地などを張って仕上げる。

蒔絵を施した、豪華なものもあったようだ。

絵画史料では、わりと出てくるが、遺物は稀である。

図像は、僧形に笠、小袖袴で裸足。

左手で商品を入れた袋の結び目を握り締め、

右手で枕を差し出す。

添えられる吹き出しの台詞は、意味深だ。

…今一つのかたも持ちて候。

 ひそかに召し候へ…

~もう一つの型も、持って居りますよ。

 (それは)こっそりと、お使い下され~

この歌合を読むほどの、中世人なら、誰でも合点が往ったはず。

まぁ、些か堅苦しく、閨房の友?とでも云っておこうか。

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