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2014年4月12日 (土)

極楽寺坂から長谷観音へ(13)

B14041101

極楽寺坂一帯の谷戸を「地獄谷」と呼んだと云う。

周りの尾根には、どんな光景が広がっていたのだろうか。

長谷観音裏手の尾根は、遊歩道が整備されているので、

往時の縁を求めて、一寸登ってみた。

鎌倉市中に、詰まり、重なる家々の屋根、

眼前の海辺に寄せ来る白波が、手に取るように見渡せ、

「勝地」とするに、如何に相応しかったか、よく判る。

B14041102

中世には、五輪塔や板碑が林立していたと想う。

極楽寺の忍性墓所、大仏や長谷観音境内の片隅には、

それらの残欠と想われる石材が集められていた。

かつては、尾根を掘れば、沢山見つかったであろうが、

今では、殆ど出てこないそうだ。

近世に、数寄者の間で人気があったようで、

持ち去られたものが、多かったに違いない。

纏まった発掘調査で、土中深くから、

再び現われる可能性も、あるにはある。

B14040601

(捨身 Canon G1X)

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