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2014年4月15日 (火)

極楽寺坂から長谷観音へ(16)

B14041403

極楽寺に入寺した忍性は、門前を通る極楽寺坂(切り通し道)の、

開削工事も指導したと云われる。

鎌倉草創以来、西方より、鎌倉へ入るには、

稲村ヶ崎、由比ヶ浜の海沿いを辿るのが、

メインルートだったのだが、

鎌倉中期以降は、極楽寺坂を使うようになった。

この道は、謂わば「古東海道」で、

中世世界の西国と東国を結ぶ、大幹線道路であったから、

極楽寺門前は、非常に賑わったていたはずである。

忍性らは、周到な計画を持って、極楽寺と長谷界隈を開発した。

おそらく、モデルとしたのは、奈良坂ではなかったか。

現在の極楽寺坂は、車道となっているが、

ほぼ古道と重なっているようだ。

一寸、想いついたのだが、奈良坂の般若寺のように、

極楽寺坂は、まさに、その名の如く、極楽寺境内の真中を、

取り込まれるように、突っ切っていたのかも知れぬ。

B14041401

江ノ電・極楽寺駅前を過ぎる。

B14041402

ホーム直ぐ下を流れる小河川を、極楽寺川と呼ぶ。

意味深な川なのだが、それは後ほど。

線路と、この川に沿って、古道を稲村ヶ崎方面へ下るとしよう。

(捨身 Canon G1X)

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