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2014年4月17日 (木)

極楽寺坂から長谷観音へ(17)

B14041601

極楽寺坂の古道は、江ノ電と極楽寺川に沿って、谷戸筋を、

稲村ヶ崎方向(西南)へ下っていく。

「極楽寺絵図」に拠れば、道の両側は、

薬師堂、非田院、らい宿、病宿、施薬非田院などの、

らい者、乞食、非人のための施設が軒を並べていたようだ。

その先に、極楽寺川を渡る橋が現われる(絵図では左下か)

今では、見落としてしまうような、とても小さな橋で、

欄干も片側しか残っていないが、極めて意味深な存在なのだ。

B14041602

同じ欄干を反対側から観たところ。右が極楽寺方向だ。

橋の名を「針磨橋」(はりすりばし)と呼ぶ。

聞いたことがあるな。そう、あの「針磨」(はりすり)である。

云い伝えに曰く…昔、この橋の袂に、「針磨」を生業とする、

老女が住んでいた(あるいは、我入道と云う坊主とも)

B14041603

おっと、こんなところに「針磨橋」を示す石柱が…

これも見落とすところだった。

「針磨」と、乞食、非人との関わりの深さは、既に触れたところだが、

さらに、考察を進めて往くことにしよう。

(捨身 Canon G1X)

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