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2014年4月18日 (金)

極楽寺坂から長谷観音へ(18)

B14041701

針磨橋の周囲、一寸、異な雰囲気が漂っていたので、

手前に数歩退いて、観察してみれば、

気になる古木(右手)があった。

楠のようである(樹木は詳しくない。間違っていたら、ご容赦を)

直ぐ傍の住民の方、二人ばかりにお聞きしたのだが、

こちらに住まわれる、ずっと前からあった木で、

名前は分らないとのことだった。

道の向こう側にもあるよと云われて、カメラ位置を変えると、

B14041702

住宅の石垣から、にょっきりと出ている(右側)

これも、昔からあった木を残して、こんな容になったらしい。

古道を挟むように、二本、対の古木が現存する。

絵に描いたような、「賽の神」の在り様だ。

ここ針磨橋は、西からの鎌倉の入り口であり、

極楽寺坂の峠の登り口である。

ちょうど、想いだしたのは、全く同様なロケーションの、

朝比奈峠の六浦側登り口にあった「かや」の木だった。

あるいは、奈良坂の奈良豆比古神社裏の大楠も…

B14041703

今の古木が中世へ遡るとは、いかないだろうが、

人々が植え続けて、代を重ねたとも、謂っていいのではないか。

極楽寺坂、案外なモノが残っている。

さらに探索を続けよう。

(捨身 Canon G1X)

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コメント

能で「六浦」を「むつら」と読むと初めて知りました。称名寺には、紅葉の季節になってもアップルグリーンのままの楓が一本。その精と旅のお坊さんのやり取り。とてもしっとりと心に残る能でした。
それにしても、ワキのお坊さんと散策されているかんすけさんがダブってしまいます。能のワキは「分ける」「わかる」のことと能楽師安田登さんが説明しておられます。昔と今を区別し行き来して、それを解説する。まさにその通りですものね。
変な妖気に誘われて引きずりこまれないようになさってくださいね。ワキは必ず戻ってくることになっているのですから^^

投稿: 糸でんわ | 2014年4月18日 (金) 17時32分

武州金沢・六浦の津は、謡曲「六浦」の他に「放下僧」(瀬戸神社)の舞台にもなっています。云わば、此処は中世世界の雑踏だったわけです。
確かに、私の探索は、中世世界と現代を往復している感覚がありますね。実際、夢幻能の旅の僧の様な、不思議な経験もしているのですよ。

投稿: kansuke | 2014年4月18日 (金) 22時39分

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