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2014年4月21日 (月)

極楽寺坂から長谷観音へ(20)

B14042001

「針磨橋」を過ぎ、極楽寺坂から続く「古東海道」を、

さらに、稲村ヶ崎方向へ向かう。

くねくねと進む細い車道は、典型的な古道の趣を残す。

B14042002

江ノ電の線路と並走するところだ。

絵になり易いスポットなので、電車と通行人が通る、

タイミングを待って、撮ってみた。

この辺りに「十六夜日記」の作者で知られる、

阿仏尼(1222~83?)の邸址があると云う。

土地訴訟のために、鎌倉に赴いた阿仏尼は、

「月影ヶ谷」(つきかげがやつ)と呼ぶ、谷戸の山沿いに、

棲んだと「十六夜日記」に出てくる。

彼女は、律宗(女人救済にも熱心だった)の法華寺(奈良)で、

出家受戒したようで、同じ律宗の、極楽寺内の尼寺に、

世話になっていた可能性もあるだろう。

B14042003

やがて、踏み切りに出遭う。

道がクランク(鉤の手)しているみたいだ。

やはり、「御作法」通りなのか。

此処は、宿や関の出入り口に当るので、

(もとより、起源は近世でなく、中世、それも鎌倉中期へ遡り得る)

仮にそうであっても、不思議ではないと想うのだが。

(捨身 Canon G1X)

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