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2014年4月26日 (土)

極楽寺坂から長谷観音へ(25)

B14042501

「月影地蔵堂」は、極楽寺後背の谷戸奥に在りと謂うので、

江ノ電極楽寺駅まで戻り、再び谷戸探索に入る。

駅前の「導地蔵」前を過ぎ、振り返って、まず一枚哉。

B14042502

往時、此処には、極楽寺の主要伽藍が広がっていた。

既に訪ねた「忍性塔」は、西南寄り、手前の斜面だった)

その前は、中世都市鎌倉の葬送地で、「地獄谷」と呼ばれ、

市中に打ち棄てられた、病者、孤児、屍体を送る、

「無常堂」が在ったらしい。

谷戸中、念仏を唱える声で満ちていたのではないか。

路地が迷路めいて、外見より懐が深い谷戸だ。

とりあえず、奥へ進むしかない。

彼方此方に藤花を観る。

B14042503

おっと、往き止まりだ。

一寸迷ったみたいだ。

鎌倉の谷戸では、こんなことによく出くわす。

それもまた、愉しみなのだ。

方向転換しよう。

B14042504

まさに「地獄で地蔵を求め、彷徨うの図」であることよ。

こっちの路地は往けそうだ。

白藤の香りが誘って居るな。

(捨身 Canon G1X)

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コメント

お地蔵様の前掛けが園児のかばんと帽子とおそろいみたいで、微笑ましいです。地獄谷は中世の葬送、死生観そのものですね。

投稿: 平野 | 2014年4月25日 (金) 23時48分

こういう光景には、想わずレンズを向けてしまいますね。今も地蔵の力は尽きないようです。
箱根山中でもそうでしたが、中世世界では、地獄は彼方此方に見出せたのです。

投稿: kansuke | 2014年4月26日 (土) 23時12分

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