« 極楽寺坂から長谷観音へ(25) | トップページ | 極楽寺坂から長谷観音へ(27) »

2014年4月27日 (日)

極楽寺坂から長谷観音へ(26)

B14042601

白藤の路地は、直ぐ往き止まって、小堂に突き当たった。

目当ての「月影地蔵堂」だ。

B14042602

近くの寺が管理しているわけではなさそうだ。

谷戸の人々が手をかけて、維持しているようなのだ。

B14042603

この地蔵堂の由来はよく判らない。

隣りの「月影ヶ谷」(つきかげがやつ)に棲んだと云う、

阿仏尼の持仏堂が始まりだとも伝える。

もともと「地獄谷」には、地蔵が彼方此方に祀られていたはずだ。

忍性らが極楽寺を興してからも、

地蔵たちは大切にされたであろう。

極楽寺絵図にも、名も無き諸堂が描き込まれているが、

それに当るのだろうか。

B14042604

堂の傍らには、近世の石塔や墓石群が立つ。

でも、やはり、片隅に目が往った。

かつて、地獄谷に立てられていた中世五輪塔の残欠だとしたら…

(捨身 Canon G1X)

|

« 極楽寺坂から長谷観音へ(25) | トップページ | 極楽寺坂から長谷観音へ(27) »

歴史(中世史)」カテゴリの記事

コメント

「地蔵が彼方此方に」中世の人たちにとって、彼岸は私たちが感じる以上にリアルで大切ななものだったのでしょうね。そんなことをかんじました。

投稿: 平野 | 2014年4月27日 (日) 00時05分

「六道」とも云いますが、中世人にとって、それは「現世」に属することだったのですね。
実際、「餓鬼」のように、見えないけど、直ぐ傍に在る世界と信じられていたようです。

投稿: kansuke | 2014年4月27日 (日) 22時25分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 極楽寺坂から長谷観音へ(25) | トップページ | 極楽寺坂から長谷観音へ(27) »