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2014年4月28日 (月)

極楽寺坂から長谷観音へ(27)

B14042701

今回の探索で、心中密かに期すること有り。

それは、谷戸奥を出来るだけ極めることだ。

だから、近頃になく、よく歩いた。

少々足が痛むけれど、心地よい疲労感もある。

「月影地蔵堂」の裏手は、極楽寺後背の谷戸の最深部で、

一寸、田園風景が広がっていた。

B14042702

墓地を抜ければ、尾根を越えの急な山道だ。

B14042703

斜面の途中に平場が現われた。

樹木が生茂っているが、何らかの構造物が建っていたようだ。

「極楽寺絵図」に拠れば、谷戸内に多数の堂舎が、

描かれているので、その一つかもしれぬ。

このような場所を発見する時が、醍醐味なのだ。

B14042704

さらに登って、今まで詰めてきた、谷戸の全景を望む。

袋の中に、いろいろものを放り込んだようなと、

中世人の誰かが書いていたが、実に云い得て妙だと想う。

今でも、それはまったく変わらない。

やはり、谷戸は、一種のミクロコスモスと謂えるだろうな。

(捨身 Canon G1X)

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コメント

かんすけさんの影響で最近「鎌倉」の二文字に激しく反応するようになっています。それで、奈良博で開催中の「鎌倉の仏像」を観てきました。一口では「宋風」と呼ぶそうですが、いつもと違うね的作風に魅せられました。しかも極楽寺の釈迦如来さんにお会いすることができました!あの説法印を結ぶ手の表情が忘れられません。鎌倉の仏像に与えた西大寺の忍性の影響を目の当りにして、なんだか感激してしまいました。
さらに、ちょうど高畑の春日山(しゅんにちざん)不空院の不空羂索観音菩薩が公開中と聞き、足を伸ばすと、なんと衣が台座から垂れてる!!!鎌倉時代の制作らしいのです。
西大寺の叡尊もここで活動していた時期があり、今でも末寺になっています。
南都と鎌倉を結ぶ糸に触れて、テンションが上がってしまいました。長文お許しください。

投稿: 糸でんわ | 2014年4月28日 (月) 18時31分

この前の、花祭りの日の特別公開で、極楽寺の釈迦如来さんはいらっしゃらなかったのですよ。そうでしたか、奈良博へ、ご出張中だったのですね。中世世界の奈良と鎌倉は太い線で結ばれています。まず大仏と重源、そして、西大寺の叡尊と忍性の活動に負う所が非常に大きいです。中世都市としての構成も、奈良を見立てているふしが濃厚です。

投稿: kansuke | 2014年4月29日 (火) 15時50分

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