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2014年4月 4日 (金)

極楽寺坂から長谷観音へ(7)

B14040301

鎌倉大仏に関する文献は極めて少ない。

主に吾妻鏡に拠れば、

嘉禎四年(1238)木造の大仏が造り始められ、

寛元元年(1243)頃までには、大仏殿が出来、

建長四年(1252)から、現存の銅製大仏の鋳造が、

開始されたとする。鋳造には、十数年を要したらしい。

勧進聖=浄光なる僧が、広く人々に勧進(寄付)を募ったと云うが、

北条得宗家の、バックアップ無しには考えられないようだ。

使われた銅は、当時、流通していた宋銭を鋳潰したものと

判っている。最初の木像も、

銅仏の鋳型を取った原型だったいう説が有力だ。

中世を通じて、大仏には決まった寺が無く、

この辺りを支配した極楽寺が、別当として、管理していた。

奈良坂でも、中世の東大寺が西大寺・律宗の影響下に、

あったことを想い合わせると、やはり、極楽寺の存在が、

キーワードになりそうだ。

近世に入り、江戸の増上寺が再興して、

浄土宗寺院・高徳院となり、現在に至るわけだが、

その際に建てられた石塔が残っている。

B14040303

(捨身 Canon G1X)

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