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2014年5月27日 (火)

富士吉田口へ(10)

B14052601

再び、御師宿の入り口「金鳥居」前に戻る。

此処から、宿西側の結界(町割り図参照)に沿って、

探索してみよう。

山中湖方面から来る古道との交差点である。

江戸期までは、鳥居は木製で、位置も20m位手前だった。

鳥居の傍らに、案の定、宿へ入る旅人から「関銭」を取る、

関所が、元亀三年(1572)以来、設けられていたようだ。

それも、運営していたのは「時衆」だと伝える。

これは、由々しき問題なので、後ほど詳述せねばなるまい。

横断歩道を渡ったところに、古い道標が立つ。

B14052602

「右ハ江戸ミち」「左ハ甲州ミち」と読めた。

左面に「元文五年十一月」(1740)

右面に「庚申供養」と刻まれる。

古道も、江戸期には、甲州道中の間道として、

使われたようだ。

このまま、山中湖、道志村、津久井方面へ抜け、

相模原市の橋本宿に至り、町田から来る、大山道と合流したのか。

富士登拝と大山詣りは、

屡々、セットで行う習いだったと云われるが、頷けるわけだ。

B14052603

古道を山中湖方向へ一寸進み、直ぐ右折して、

宿の裏道へ入って往く。

(捨身 Canon G1X)

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