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2014年5月21日 (水)

富士吉田口へ(4)

B14052004

前回、紹介した「御師宿町割り図」に、補足説明が要る。

一番下「下宿」手前の鳥居が、宿の入り口で、

現在「金鳥居」(捨身上)と呼ばれているところだ。

其処が「結界」の始まりである。

一番上「上宿」の先、現状は、鎌倉道(国道138号)と、

T字状に交わると謂ったが、「町割り図」に拠ると、

大きく左にクランクしているのが見て取れる。

其処か、「結界」の終わりで、おそらく、その後、

「鎌倉道」と称される中世古道と合流していたのだろう。

まさに、恒例の「宿のお約束」通りの構成なのであった。

筆者は、宿の前後に設置されるクランクを、

「極楽寺坂」より、「筋替」(すじかえ)と呼ぶことにしていた。

意味するところも、単なる軍事施設と云うより、

宗教的な「結界」ではないか?と、してきたのだけれど、

今回も、その想いをさらに強めることになったわけだ。

さて、御師宿には、御師屋敷群が現存している。

「御師・旧外川家住宅」が公開中で、見学可能だ。

B14051904

このように、表の「富士みち」から、50mほど奥まったところに、

屋敷が構えられている。門に至るまでの小径を、

「龍道」(たつみち)と呼ぶ。当地の御師屋敷の特徴だ。

「外川家住宅」(捨身上)の場合、隣が空き地で、

一寸判りに難いので、別の屋敷の例を示す。

B14052001

「龍道」へ足を踏み入れてみよう。

(捨身 Canon G1X)

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