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2014年5月 5日 (月)

極楽寺坂から長谷観音へ(34)

B14050401

鎌倉市街に戻って、まず立ち寄ったのは、

阿仏尼の墓所と伝わる「やぐら」である。

鎌倉駅から、北鎌倉方向へ800mほど歩行し、

寿福寺、英勝寺の並び、横須賀線の線路沿いにある。

電車からも、観える場所だ。

弘安二年(1279)土地訴訟のため、鎌倉へ下向した彼女は、

初めは、極楽寺の月影ヶ谷に棲み、後に、この辺り、

扇ヶ谷(亀ヶ谷)に転居したらしい。

弘安六年四月八日に、鎌倉で客死したとする説が、

有力で、墓所は京都(大通寺)にも残る。

「やぐら」は、山裾の崖を穿って造営された、

東国・鎌倉に多い中世墓だ。

現在、安置されている層塔は、近世のもので、

それ以前にも、何らかの石塔が立っていたようだ。

B14050402

隣りに「やぐら」を利用したと想われる稲荷小社があった。

「隠里稲荷」と呼ばれるが、由緒は判らない。

そう云えば、谷戸は「かくれざと」のようでもあり、

どこか、魅かれる名前ではある。

B14050403

さらに、扇ヶ谷の奥、泉ヶ谷・浄光明寺に至る。

二番目の墓参り先が此処だ。

(捨身 Canon G1X)

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