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2014年5月20日 (火)

富士吉田口へ(3)

B14051901

富士急・富士山駅から、今回の探索地、御師集落を経由して、

北口本宮富士浅間社へ至る地図を示す。

駅の右側、中央の真っ直ぐな道が、甲州道中の大月から、

分かれて、御師集落を抜ける参詣道=「富士みち」で、

下方で、国道138号線とT字に交わる。さらに右下、

その道に沿って、緑色に塗られたところが浅間社である。

現在の国道は、屡々、古道と重なることが多いが、

この場合、139号が相模国・橋本宿から来る中世古道と重なり、

最終的には、河口湖を経て、御坂峠を越え、

甲府盆地の石和御厨(笛吹市)に達する。

そんな訳で、当地、富士吉田は、複数の古道が交差する、

要地で、中世世界では、相当な都市的な場だったことが、

想定出来るのだ。

いや、一寸面白くなってきか。

B14051902

次に、御師集落の町割り再現図を示す。

「富士みち」の両側に御師屋敷が、町屋様の短冊地で、

配置されている。この町割り、まさに「宿」そのものなのだ。

実際、浅間社寄りの上方から「上宿」「中宿」「下宿」の地名が、

現存しているし、「結界」の設定も見て取れる。

B14051903

素晴らしい史料もあった。

幕末期の、例のベアトの古写真だ。

「御師宿」(以下、そう呼びたい)を「富士みち」上から、

浅間社方向へ、観上げたものだろう。

昨日アップした二番目の捨身と、ほぼ同じアングルと謂っていい。

非常に薄くて、判り難いが、此処でも、

背景に、やや左に軸が逸れた、富士のシルエットが窺える。

(捨身 Canon S110)

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コメント

吉田うどんのボリュームにも圧倒されましたが、先日の写真とこのセピア色の写真の対比、すごいですね!
メインストリートを規則正しく横切っている石を敷いた部分は、階段のような役割なのでしょうか。
はちまきのおっちゃんと紋付袴のお侍さん?のカメラ目線がおかしくて^^

投稿: 糸でんわ | 2014年5月20日 (火) 07時06分

うどんは、ガッツリ大盛りでした。
ベアトの写真に観える石組み遺稿の種明かしは、後ほどのお楽しみということで…
写っている人々は、当時の写真技術の限界もあって、撮影者ベアトの希望でポーズを取り、長時間動かず立ちっぱなしだったと想いますよ。

投稿: kansuke | 2014年5月20日 (火) 22時58分

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