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2014年6月 1日 (日)

富士吉田口へ(15)

B14053101

「間堀川」から取水する、御師宿の東側を流れる用水である。

外川家では、門内へ引き込まれ、水垢離場が設えられていた。

「富士道」を挟み、東側の各戸は、皆、この用水を使ったのだ。

西側にも、用水があるので、観てみよう。

B14053102

宿のほぼ真ん中を横断するわけだが、

途中、食行身禄を祀った「身禄堂」の前を通る。

堂守の方が常駐されているようで、手入れが行き届いていた。

B14053103

西側の用水だ。

御師宿には、三本の用水があり、三本目は、

「富士道」の中央を流れていた。

幕末期のベアトの写真に観える石組みであろう。

今では、車道下の暗渠になっていると聞く。

いずれの用水も、元亀三年(1572)宿が立てられた際に、

周到な計画に基づいて、引かれたと考えていい。

河川、湧水、用水などの水道(みずみち)は、

古道と共に、中世の都市的な場を探索する時には、

重要な手掛りとなる。たとえ、現状が側溝であっても、

元は古いものである可能性が高いから、見落としは禁物なのだ。

B14053104

西側の用水は「神田堀川」より取水されている。

この川も、富士北麓の沢筋を源流とし、

宿、西側の外堀の役割を果たしていたと想われる。

「間堀川」と「神田堀川」は、この後、宮川に合流、

最終的には、相模川へ注いで往く。

(捨身 Canon G1X)

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