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2014年6月 9日 (月)

富士吉田口へ(22)

B14060801

北口本宮富士浅間社の、より「古層」を求めて、探索してみよう。

拝殿の左側から、裏手へ廻る。

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拝殿と本殿の繋ぎ目、幣殿脇に聳える杉の巨木。

本殿(重文)は、やや古い、桃山様式で、

元和元年(1615)家康によって、郡内地方に封ぜられた、

谷村藩の寄進で建立されたとある。

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本殿左手奥に観える小社を「東宮本殿」(重文)と呼ぶ。

北口本宮社に現存する、唯一の中世建築で、重要である。

永禄四年(1561)九月十日の川中島合戦(第四次)の後、

武田信玄が戦勝祈願のために建立したことが判っている。

信玄の弟、信繁はじめ、山本勘助ら多数の家臣が討死した、

最も激烈だったと云われる戦いだ。

この戦いの前後、信玄は、領内の彼方此方の寺社へ、

真剣に祈願した様子が窺える。

だから、彼にとっての「東宮本宮」建立は、

ゆめ疎かに出来ない理由があったとも想われるのだ。

B14060804

こぢんまりとした社だけれど、入念な造りで、優美さが感じられる。

実は、これ以前に、

当地に、富士を祀った社が存在した確証が無い。

その辺りに、北口本宮社の、由緒の秘密がありそうなのだが、

次回詳述せねばなるまい。

(捨身 Canon G1X)

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