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2014年7月 8日 (火)

元八王子の宿跡を彷徨う(13)

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大久保長安は、初期徳川政権の財政を一手に握り、

辣腕を振う。石見銀山、佐渡金山の経営を改善し、

生産を飛躍的に増大させたのも、彼の功績と云われる。

本領の八王子宿の陣屋の他に、各地に屋敷を構え、

一族の羽振りのよさは、大したものだったらしい。

例えば、佐渡への巡視には、多数の猿楽者、

道々の輩を同道するなど、豪奢な道中を「演出」した。

現在、佐渡島内で村落能が伝わるのも、

大久保長安の足跡とする説がある。

しかし、慶長十八年(1613)彼が死去すると、

突如、家康の命により、家名は断絶、

子息全員の処刑という、苛烈な粛清に遭う。

墓も暴かれ、晒される程、異常に徹底した処分だった。

原因は諸説あるのだが、未だはっきりしない。

彼の出自や仲間たちに、関わるのであろうか。

以後、江戸幕藩体制では、河原者、穢多、非人身分の差別が、

法制化し、牢固としたものになって往く。

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八日市庭の、河原者の宿は、近代まで残った。

東国で、百軒を超えると云う規模は尋常でなく、

どうして、そうなっていったのか、よく判らない。

明治維新後も差別は続き、それを憂いた地元の先覚者が、

カトリックの教会堂を建てた。

司祭は常駐でないが、信徒は世代を重ね、

今も、確かに守られている。

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かつての「河原」の景観は一変しただろう。

戦後、分譲住宅が誘致され、町名を変える。

市営、公団の集合住宅も、続々と建った。

住民の八割以上は、当地の、深い深い歴史など、

知る由も無い外来者ばかりだ。

(捨身 Canon G1X)

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コメント

金春流にこんな方がおられたなんて驚きました。世阿弥が突然佐渡へ流されたこととダブります。
いろいろ知りすぎた因果応報でしょうか・・・

投稿: 糸でんわ | 2014年7月 8日 (火) 05時54分

この人物につては知らなかったのですが、なるほど面白い出自のようですね。芸能・鉱山・交通など漂泊の民であったのでしょうか。キリシタンとの説もあるのですね。国家の体制には収まり切れない人物だったということでしょうか。

投稿: tae | 2014年7月 8日 (火) 20時31分

糸でんわさま
確かに、佐渡は世阿弥、大久保長安両者に重なる、因縁の地と謂えますね。いろいろとありそうで、要探索地です。金春は、中世世界のキーパースンにこと欠きません。彼の禅竹もいますし…

投稿: kansuke | 2014年7月 8日 (火) 22時04分

taeさま
大久保長安キリシタン説は面白いです。もし、そうだとすると、いろいろと符合することが出てきます。彼は二度主家を買え、苗字も二度変えています。本姓は大蔵氏なのですが…根っからの「道々の輩」だったと想いますね。でも必死に体制へ入り込もうとした…何かを感じます。

投稿: kansuke | 2014年7月 8日 (火) 22時11分

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