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2014年7月29日 (火)

雨降山考(16)

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麓の「こま参道」のところまで降りて来た。

往き掛けに、目星を付けて置いた店を覘いてみよう。

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当地の土産として知られる「大山こま」の工房だ。

参詣客のために、近代に入ってから、作られるようになったのだが、

技術の伝統は古く、木地師の片手間仕事が始まりだった。

今でも、木地師の後裔の方々が営んで居られる。

そのお一人に伺った。

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現在、「大山こま」を作れる木地師は、三軒だけだそうだ。

もとより、平安初期の、文徳天皇の第一皇子、

惟喬(これたか)親王を嚢祖に仰ぐ「由緒」を守る、

代々の木地師である。

かつて、この参道が通る谷筋に、

二十軒を数える木地師集落が在った。

山中に、材料の木材が豊富であったことと、

大山寺が、そういった「道々の輩」を「寄人」「供御人」として、

支配下に置き、保護していた可能性もあると想う。

出来上がった半製品に、漆を塗る「塗師」(ぬし)も、

常に、一緒に行動する仲間たちだった。

「木地師とは、専ら轆轤を使い、椀、盆など、

 挽き物を作る者だ。

 指物、組物、曲げ物を作る衆は、木地師とは呼ばぬ」

そんな、矜持と小気味好い言葉が心に残った。

筆者の幼少期、横浜・金沢の駄菓子屋でも、

安価で売られていた「大山こま」だったけれど、

後継者難で、貴重品になりつつある。

作者の木地師の手から、直接求めた「大山こま」に、

ずっしりと重みを感じたのは、謂うまでもない。

(捨身 Canon S110)

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