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2014年7月31日 (木)

雨降山考(18)

B14073001

参道の谷筋をやや降ってきた。

この辺りは、伊勢原市の大山町になるが、

かつては「坂本」と呼ばれた。

西側の尾根一つ隔てた、秦野市の蓑毛町も「坂本」と呼び、

東と西の「坂本」として、ともに御師集落を形成していた。

此方の「東坂本」は、主に江戸、関東の講中を受け入れ、

「西坂本」は、東海地方の講中を受け持っていたようだ。

目前の大山川を、愛宕の清滝川に、見立てたのと同様、

比叡山東麓の近江「坂本」に、見立てていたのかもしれぬ。

大分、日が翳ってきたようだ。

B14073002

駅へ向かう路線バスで、こんな停留所を見つけた。

室町中期、当地には、扇谷上杉氏の根拠地「粕谷の館」が在った。

文明八年(1486)太田道灌が、主君、上杉定正によって、

無念の騙し討ちにされた、故地なのである。

首と胴の、二つの「道灌塚」が伝わっているそうだ。

伊勢原市も、なかなかの中世史スポットなのだ。

B14073003

帰りの小田急線車中から観た大山。

この後、沿線は、激しい雷雨に見舞われた。

夕刻の天気予報では、午後、伊勢原市付近に雷雲が発生し、

多摩地区、および首都圏西部を襲った様子を、

レーダー解析場面で、時間を追って解説して居た。

「雨降山」の霊験は、今以て、健在なのであった。

(捨身 Canon S110)

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コメント

山頂を覆う雲が龍に見えます^^
6月に上京し家さがしをした折、東京が京都や奈良とは全然地形が違うことを実感しました。
かんすけさんが中世探索をされている場所も、
私にとっては未知の世界です。
あたりまえですが、地形と文化、切り離しては考えられませんね。

投稿: 糸でんわ | 2014年7月31日 (木) 06時49分

糸でんわさま
確かに竜に観えますね。撮っておきながら、気付きませんでした。おそらく、中世人も、日頃、竜を観たり、感じたりすることが多かったかもしれません。中世世界の日本の地図で、ぐるっと竜が列島を巡っている図柄のものがあります。「竜が守る国」と云う思想がありました。
関東の地勢ですが、最近は昔の姿を読むのが難しくなりました。でも、本質は変わっていないと想うのです。それを探索で見落とさないことが肝要かと…

投稿: kansuke | 2014年7月31日 (木) 18時23分

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