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2014年7月17日 (木)

雨降山考(6)

B14071601

周囲から一際目立つ、ピラミダルな山容と、

雨雲を呼ぶ、特異な「ミクロクリマ」(微小性気候)のせいで、

この山が、古代より霊地であったことは、疑えないだろう。

中世以前に、山林修行者が入り、山頂の磐座(いわくら)で、

何らかの祭祀が行われていたと想う。

中世世界では、専ら、山岳修験の道場として、

諸国の山伏が、参集したはずである。

B14071602

大山寺は、天平勝宝四年(752)東大寺初代別当の、

良弁僧正(689~774)が開創したと伝わる。

彼が、相模の出身(近江説もあり)であったことに、

関わるとも云うが、確かめようがない。

遅くとも、中世末までには、不動堂を中心とした堂舎が、

山内に立ち並ぶようになったと考えられる。

B14071603

もとより、神仏習合であったので、

熊野社、白山社、諏訪社、浅間社などの摂社も、

完備していたであろう。

B14071604

本尊は、不動明王となっているが、

やはり、気候=雨=水との繋がりで、

観音、龍神、雷神を想起するのが、自然である。

(捨身 Canon S110)

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コメント

「雨降山」の表記を見たときからずっと気になっています。京都の桐材屋さんでは、雨がふることを「さそい水」と呼んできたと聞きました。雨にさらして桐の灰汁を抜くからだそうです。磐に降る雨が、目に見えない様々な力や存在を呼び寄せる。「誘う」にそんな解釈も許されるかな~なんて思ってしまいます。

投稿: 糸でんわ | 2014年7月25日 (金) 07時04分

糸でんわさま
大山の麓のある地区では、日照りの時、代表が山へ登って、不動の滝で水を取り、集落の辻々や畑に撒いて、雨乞いをすると、必ず雨が降ったそうです。「さそい水」に通じるかもしれませんね。

投稿: kansuke | 2014年7月25日 (金) 22時21分

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