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2014年8月25日 (月)

江の島に至る(12)

B14082401

三つ目の坊「中之宮(坊)」(現・奥津宮)だ。

江の島の本宮(坊)と位置づけられる。

本来、この下の海食洞「岩屋」がそうなのだが、

災害や荒天で、難渋することがあったので、

当所、西端の山上に、神体を移す「御旅所」と拝殿を設けたのだ。

「岩屋本坊」であるから、「岩本坊」とも呼び習わす。

近世初頭に、京都仁和寺より、院号を得て「岩本院」となった。

因みに、歌舞伎の「白波五人男」の一人、「弁天小僧」は、

「岩本院の稚児あがり」と云うことで有名だ。

B14082402

では、中世世界の江の島・三坊の様子はどうだったのか。

鶴岡八幡宮寺支配下の僧房であったことは、既に述べた通りだ。

端的に謂えば、僧侶が住する仏教寺院である。

八幡宮寺がそうであったように、彼らは密教僧だった。

否、より実態に即して謂えば、修験者、山伏の集団に他ならない。

古代、江の島は立ち入りを忌む、神座す島であったろう。

唯、山林修行者が渡るのみで、南側の海食洞がその場所だった。

役行者や、弘法大師伝説が残るのも、宣なる哉なのだ。

吾妻鑑に云う、最初に、岩屋へ弁財天を勧請した文覚も、

同じ文脈上にあるわけだ。

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さて、「岩本坊」を過ぎて、海食洞「岩屋」を目指そう。

この石鳥居をくぐると、直ぐ急勾配の石段が待っている。

(捨身 Canon G1X)

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民俗」カテゴリの記事

コメント

対岸から眺めただけの江の島ですが、こんなワンダーランドとは驚きです。
弁財天ということで、今でも芸能関係の参拝が多いそうですね。

投稿: 糸でんわ | 2014年8月25日 (月) 06時08分

糸でんわさま
そうですね。江戸の歌舞伎役者が寄進した石灯籠が目立ちますよ。ご推奨の「ご利益」が盛りだくさんで、目移りするほどです。その一方で、アンダーグラウンドに目を向けると、やはり底知れぬものが…

投稿: kansuke | 2014年8月25日 (月) 21時21分

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