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2014年8月28日 (木)

江の島に至る(15)

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茶店の窓側桟敷席、海側から観るとこうなって居る。

平場が希少な江の島特有の、絶壁に支柱を渡す造りで、

昔から、こんな風ではなかったか。

やはり、かなりのゾクゾク感は否めないな。

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岬を一寸廻り込んで、やや引いたアングルで。

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その店内の様子。

ちょうど昼時で、賑やかだ。

さてと、中世世界の「江の島三坊」のことを続けよう。

鎌倉後期、江の島の「大檀那」は北条一門だった。

彼らが滅亡すると、関東公方足利家がそれに変わったようだ。

江の島明神が、鎌倉の守護神であることは揺るがない。

後に享徳の乱(1454)で、鎌倉を放棄して、

古河へ移る足利成氏は、それに先立つ、宝徳二年(1450)

関東管領・上杉氏の家宰、太田資清=道真(道灌の父)

長尾景仲らに攻められ、江の島へ逃げ込んだ。

世に「江の島合戦」と呼ぶ。

成氏は、年来、江の島・岩本坊の別当、間宮一族と、

主従関係にあったらしく、そのつてを頼ったのだろう。

江の島は、武装した僧たちに守られ、

恰も、城の如くだったに違いない。

間宮一族とは、どんな人々だったのだろうか。

(捨身 Canon G1X)

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