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2014年8月29日 (金)

江の島に至る(16)

B14082801

間宮一族とは、近江源氏、佐々木氏の一流と云われ、

伊豆国間宮荘(静岡県函南町)へ移り住んだ人々である。

室町中期頃までには、関東公方および関東管領上杉氏に、

仕えていたが、伊勢宗瑞(北条早雲)の伊相進出に際して、

いち早く臣従したようだ。

相模東部(湘南)から、武蔵南部(横浜市磯子区)辺りを領し、

かなり威勢を張っている。

舟運に秀で、小田原北条氏の水軍を擁する立場にあった。

宝徳二年(1450)江の島に逃げ込んだ関東公方足利成氏は、

どうも、島内の船着場に遊弋する、彼らの水軍を当てにして、

海路、房総へ高飛びする算段だったらしい。

岩本坊別当職を得た間宮一族は、江の島の水陸の利を、

最大限活用し、恰も「海の城」如く仕立てていたのはないか。

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実は、この間宮一族のように、最寄の有力霊験所へ、

一族の子弟を送り込んで、掌握した例は、結構ある。

伊勢宗瑞入部以前の、小田原城主だった大森氏は、

箱根権現別当職を得ていた。

後に小田原北条氏も、宗瑞の四男、幻庵・宗哲を同職に据える。

また、同じく北条氏重臣、金沢六浦荘・釜利谷領主の伊丹氏は、

江戸湾の水運を押さえ、浅草・浅草寺の別当職を得たと云う。

もとより霊験所は、宗教のみならず、軍事経済交通でも、

外せない要地なのである。

(捨身 Canon G1X)

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