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2014年8月30日 (土)

江の島に至る(17)

B14082803

江の島の南側は、所謂「海食台」地形で知られる。

テラス状の岩場は、関東大震災で隆起したものだ。

地震で隆起と沈降を繰り返し、波で侵食されて、

今の形に至ったわけだが、一年の侵食進度を大よそ見積もると、

中世世界の江の島の大きさは、現在の1.5倍以上になると云う。

確かに、鎌倉後期の一遍聖絵断簡を観ると、そんな感じだ。

さて、これから、海食洞の「岩屋」へ入ってみる。

その前に、島内の石造物を概観して措こう。

B14082901

「岩屋」へ下る石段の前に在った石鳥居の銘。

嘉永四年(1851)辛亥と読める。

ついでながら、ペリーの浦賀来航は、嘉永六年(1853)だった。

全体に蛇文の浮き彫りが施された、優美な石鳥居だ。

B14082902

下って、参道入り口の、青銅鳥居の銘だ。

文化四年(1821)の再建で、ベアトの古写真にも写っている。

上から、右へ「願主」と読め、寄進者の名が並ぶ。

江戸の大店の、檀那たちだろう。

「江之島屋」「伊勢屋」「熊野炭問屋中」「熊野屋」「駿河屋」

屋号が皆、太平洋岸に因むのが、興味深い。

江の島と熊野の結びつきか。こっちも想像を掻き立てるな。

(捨身 Canon G1X)

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