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2014年8月 9日 (土)

中世世界の巡礼者のイメージ(2)

B14080602

手元の史料で、中世世界の巡礼者のイメージを追ってみる。

富士宮(駿河側)浅間大社蔵の「富士参詣曼荼羅図」(重文16C)

去年の秋、念願叶い、実物を観ることが出来た。

この手の、中世寺社参詣図では、出色の出来栄えなのだが、

その中の、戦国期の「富士道者」(どうじゃ=巡礼者)の姿を、

あらためて、確認してみよう。

浅間大社境内の「湧玉池」で、水垢離する「道者」たち(上)

彼らのいでたちは、例外なく、

足袋、脚絆、袴、小袖、笠、頭巾に至るまで、白ずくめである。

中世後期の、ごく一般的な「道者」の出身身分は、

おそらく、江戸後期より幅広く、農民、職能民はもとより、

領主、武士階級も、含まれていたと想う。

飽く迄も、筆者の仮説に過ぎないが、

そういった人々が「白装束」に身を包んでいたのだろうか。

B14080603

と謂うのは、図内のプロの宗教者たちの装束と、

明らかに違いがみられるからだ。

浅間大社の拝殿と本殿の光景(下)右下、石灯籠の両側に、

「柿色の衣」を羽織った男が二人居る。

彼らは、先達たる山伏のように観える。

また、拝殿左側の、黒衣、笠、白頭巾の二人連れは、

時衆と思しき、念仏僧のようだ。

中世世界の人々の表象は、身に着けた装束と持物に尽きる。

これは、極めて厳密な規範と謂っていい。

現代では、到底受け入れられないけれど、

その人の身分と生業は、一目瞭然の世界だったのだ。

(捨身 Canon S110)

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