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2014年8月18日 (月)

江の島に至る(5)

B14081701

より、具体的且つ、政治的な?伝承もある。

北条一門の繁栄と、三つ鱗紋の由来を、

江の島明神の利生に求めたものだ。

太平記、巻の第五、「弁財天影向(ようごう)の事」に曰く。

…そもそも、この一門が九代に及んで、天下を保ったのは、

 故あってのことである。

 鎌倉草創の砌、嚢租北条四郎時政は、江の島に参篭して、

 子孫繁昌を祈願することがあった。その二十一日目の夜、

 明け方頃、緋袴に柳(薄い青色)裏の衣を纏った、

 美しい女房が現れ、このように託宣した。

 「お前の前世は、箱根権現に仕える僧であった。

 彼は法華経六十六部を書写し、

 諸国六十六の霊験所へ納めた。

 その功徳によって、お前は再び、

 この国に生まれることを得たのだ。

 やがて、子孫は日本の主となって、栄華を誇るであろう。

 但し、その振る舞いが、人の道に背くことあれば、

 七代を超えることはないであろう。

 もし我が云うところを疑うならば、諸国の霊験所を調べてみよ」

 立ち去る女房の後姿を観ると、

 臥丈二十丈(60m)に及ぶ大蛇であった。

 時政は「所願成就しぬ」と喜び、

 大蛇が落としていった鱗三枚を採って家紋としたのである。

 後に、人を遣わして、諸国の霊験所を調べると、

 果たしてその通り、法華経が奉納されており、

 今の俗名と同じ「大法師時政(じせい)と記されてあったのは、

 まことに不思議なことであった…

B14081702

この物語は、おそらく太平記の時代、即ち、鎌倉後期から、

南北朝期にかけて、広く流布していたのでないか。

もとより、ネタ元は臭いのだが、出てくる個々の事柄には、

興味が尽きない。

例えば、時政の前世が箱根権現の僧だったと云うが、

その辺りからは、江の島、箱根権現、北条一門の、

確固した繋がりが、窺えるわけだ、

さて、石段を登り続けよう。

一寸振り返って、参道と重なり合う家々の屋根に興を覚え、

さらに向こうの海岸を望見する。

B14081703

ズームアップしてみたら、大変な人出だった。

でも、まるで、別世界の出来事のようだ。

異界から観た、この世とは、こんな感じなのかもしれないな。

(捨身 Canon G1X)

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