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2014年8月21日 (木)

江の島に至る(8)

B14082001

江の島明神と、箱根権現、伊豆山権現、鶴岡八幡宮寺、そして、

北条氏との繋がりを考えている。

太平記が記す、江の島明神の託宣と北条家繁栄の由来譚は、

何処かで、似たような物語を読んだことがあるなと、

想い巡らしていたら、そう、平家物語だった。

平家物語・巻第三・第二十四句「大塔修理」「厳島託宣の事」

…そもそも、平家が厳島を信仰するようになったのは、

  鳥羽院の頃、清盛が安芸守であった時、

  高野山の大塔の修理を命じられたことに始まる。

  修理が完成し、清盛が高野山奥院へ参拝した折に、

  何処からとも知れぬ、眉白く、鹿杖をついた老僧が現れ、

  「この高野山は、密教を保持して、今も衰退していないが、

  その垂迹である、厳島が荒れ果てているのが残念である。

  既に大塔の修理は成った。さらに、厳島の修理も行えば、

  そなたの官位昇進は、世に比べる者もないほどになろう」

  と物語り、かき消すが如く見えなくなった。

  清盛は鳥羽院に奏聞し、厳島の修理に取り掛かった。

  その修理も無事終わり、清盛が厳島に参篭すると、

  夢に、みづらを結った童子が現れ、

  「我は(厳島)大明神の使いである。お前はこの剣を持って、

   天下を平定し、朝廷の守りとなれ」と、銀蛭巻の長刀を渡した。

  夢が覚めてみると、枕元に、その長刀が在った。

  果たして、大明神の託宣も、

  「お前は忘れたのか。高野山で弘法大師の口を借りて、

  言わせたことを。但し、悪行あれば、一門の繁昌も、

  子孫までは、とても及ぶまいぞ」

  と云うのもので、まことに目出度いことなのであった…

B14082002   

「三大弁才天」と云うのがある。

いずれも「島」で、安芸の厳島、近江の竹生島、相模の江の島が、

挙げられており、中世の中頃までには、広く認知されていただろう。

どうも、江の島は、東国の厳島、竹生島に、

見立てられていたのではないか。

様々な難題が惹起した鎌倉後期、平姓を名乗る北条氏は、

かつての平家一門を自覚するところが強まり、

(実は、北条氏=平氏説は、現在まで実証されていない)

平家物語の、清盛厳島託宣譚に見立てた「神話」を、

江の島明神に託したような気が、しないではないのだ。

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(捨身 Canon G1X)   

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