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2014年9月 7日 (日)

江の島に至る(23)

B14090601

東側の漁港へ廻る前に「上之坊(宮)」(現・中津宮)境内の、

歌舞伎関係者が寄進した石造物を、ざっと観て置こう。

概して、立派な石灯籠たちである。

まず石段前、参道を挟んで二基、中村座だ。

B14090602

やや奥に市村座。

丸みを帯びたフォルムが面白い。

B14090603

これは、歌舞伎関係ではないが、

明らかに「講中」の存在を窺わせるものだ。

「両国、御蔵前」とある。

江の島明神が、芸能、福徳賦与の弁財天として、

盲目の芸能民や、歌舞伎、音曲を生業とする人々、

或いは、商工、道々の輩の信仰を集めるようになったのは、

中世後半になってからだと想う。

吾妻鑑に出てくる、文覚が最初に勧請した、本来の弁才天は、

密教で修するところの「八臂弁財天」であり、

多くの武者が恃む、武勇の神であった。

頼朝が文覚に命じた「秘密の修法」とは、

奥州の「秀衡調伏」であったと云うのは頷ける。

源家嚢祖、頼義、義家以来の、積年の拘り、蟠り…

平家と後白河法王の策謀によって、秀衡が「鎮守府将軍」に、

任じられたと聞いたばかりの、頼朝の焦りと怒りの深さが、

実によく、理解出来るわけだ。

B14090604

さて、一の鳥居、参道裏手に出た。

正面に観えるのは、老舗旅館「恵比寿屋」の朱塗り銅葺きの蔵だ。

この路地を進めば、かつての漁村へ入り込む。

(捨身 Canon G1X)

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