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2014年9月13日 (土)

江の島に至る(29)

B14091201

江の島土産である。
江戸後期の参詣ブーム以来、いろいろと云われて居るが、
今回は「海苔羊羹」を選んでみた。
白餡羊羹に海苔を刻み入れたものだ。
未だ開けていないけど、磯の香りがするのかな。
店は「山ふたつ」の参道石段を下りたところにある。
ついでながら、撮影行の土産に、交換レンズ一本分の重さの、
羊羹を求めるのは、青森八甲田、奥日光以来の吉例だ。
B14091202
さて、戦国期の江の島について、一寸補足して置こう。
江の島惣別当を務めるようになった「岩本坊(院)」は、
現在、参道前の旅館を経営するが、中世文書も伝えている。
多くは、小田原北条氏関係のものだ。
鎌倉北条氏の例に習い、彼らも、江の島明神を氏神の如く、
篤く信仰していたようだ。
「小田原北条記」に曰く。
…大永二年(1522)九月のこと。
 北条氏綱の使者として、古河公方の御所へ赴いた、
 富永三郎左衛門という者が、帰路、浅草寺に参詣した。
 その日は観音の縁日で、賑わっていたが、
 不思議なことが起こった。境内の弁天堂の脇から、
 銭が湧き出したのだ。人々は銭を取り合い大騒ぎになった。
 富永は、小田原へ戻り、このことを氏綱はじめ、
 家臣たちに言上する。
 一同が不思議に思っていたところに、
 蓮上院(小田原市内)の法印という僧が、
 「浅草の本尊は聖観音であり、その変化身は八大竜王で、
 因って弁財天も、観音のご分身にあたります。
 弁財天が八本の腕(八臂弁財天)を備えているのは、
 「八大観音」を合わせた姿を示されているからです。
 今、観音は弁財天の姿を借りて、銭が湧き出すという形で、
 仏の広大慈悲、福徳の功徳を示されました。
 自今、ご領内の人々は富貴になるでありましょう。
 とりわけ弁才天は、北条家の守護神です。
 三つ鱗の御紋の用いるのも、その由縁と聞いております。
 ご当家に於いては、弁財天を恃むところ、格別なのです」
 と申し上げた。
 そこで、氏綱は江の島より、弁財天を勧請し、
 小田原城の総鎮守として、丁重に祀った。
 後に氏綱は、江戸城に在城したおり、
 焼失した浅草寺も立派に再建したと云うことだ…
小田原北条氏の、江の島と浅草観音への深い信仰と繋がり、
さらには、今も盛んな弁財天の「銭洗い」の起源も窺われて、
興味が広がって往くわけだ。
B14091203
(捨身 Canon G1X)

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