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2014年9月15日 (月)

江の島に至る(30)

B14091303

岩本院(坊)の小田原北条氏関係の文書には、
江の島内での、乱暴狼藉の停止、
さらには「公界」(くがい)=アジールたるべきこと、
敵方に備え、防備を怠るな、など下知状、制札が含まれる。
戦国期、江の島は、小田原北条氏の氏神として、
支配下に置かれていたことを示すものだろう。
境内の鳩を殺めるなと云うのもあり、島内は「殺生禁断」
であったと想われるが、一方で、漁村の存在が気になる。
その辺りの経緯は不明だが、聞くところに因ると、
漁村地区と門前町地区は、今も、あまり仲が良くないそうだ。
B14091401
ところで、江の島始め、各地の弁財天社では、
三つ鱗紋を用いるところが多い。。
実は、これは、例の太平記の説話に肖った、
北条氏への、後追いであることが判っている。
或いは、オマージュと謂ってもいいかもしれない。
弁財天と両北条氏(鎌倉と小田原)が、切っても切れぬ、
結びつきにあったことの、証左ではないだろうか。
既に滅んだ一族の、はっきりとした痕跡は、
弁財天社の社紋以外には、殆ど残っていないからだ。
B14091402
さて、意外に深かった、江の島探索を一旦終える。
もとより、探索し切れなった世界は、未だ漆黒の中だ。
次の機会へ譲ろう。
(捨身 Canon G1X)

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コメント

30回に及ぶ江の島紀行、おつかれさまでした。私はまだ洞窟のあたりで迷っているような状況です^^
それにしても、大きさに反して濃厚な島なんですね。でも、興味だけでなく馴染んだ土地への愛着も感じられて、磯の香とともに味わい深い紀行文でした。いつものように、絶妙なアングルの素敵な写真もありがとうございました。

投稿: 糸でんわ | 2014年9月15日 (月) 08時20分

糸でんわさま
毎度ご贔屓有難うございます。
さて、この次…
候補地が、未だ思い浮かばないのですよ。
ヒントを求めて、
暫しあれこれと考えねば…

投稿: kansuke | 2014年9月15日 (月) 22時48分

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