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2014年9月24日 (水)

江の島 つけたりとして(7)

B14091602

鎌倉国宝館、秋の特別展で観た、
もう一つの展示物「相州鎌倉江ノ島図」のことである。
鶴岡八幡宮の神宝の中で、最近注目されているものだ。
鎌倉を描いた絵図では、現存最古と考えられ、
江戸初期の慶安年間(1648~52)に、
徳川(水戸)光圀が作らせたと記す。
彼は、鎌倉を学問的に研究した、おそらく最初の人物だろう。
自らも現地を探索する一方、家臣を長期派遣して、
史料の渉猟、調査に当らせたと云われる。
その画中左下に、近世初頭の江の島が描かれていた。
確認出来る堂舎は、
「下之宮」「下之坊」「中之宮」「本宮」そして「岩本院」だ。
既に、参道と宿坊群、岩屋を巡る汀沿いの道も観える。
所謂「江の島三坊」のうち、「岩本院(坊)」と「下之坊」が、
存続していたのが窺えるが、一遍聖絵断簡に出てくる、
三重塔は、この時点では、失われていたようだ。
さて、三重塔のことだが、約五十年後の元禄年間に再建される。
その経緯については、稿を改めよう。
B14092301
(捨身 Canon G1X)

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