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2014年9月29日 (月)

江島杉山社にて

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江の島明神の功徳により「管鍼」を感得したと云われ、

当道座、関東惣検校の地位へ上り詰めた杉山(和一)検校だが、

元禄六年(1693)将軍綱吉から「本所一つ目」に屋敷地を賜る。

併せて、綱吉は、江の島を殊の外、信仰する検校を慮り、

隣地に、江の島の弁財天を勧請し、祀る社地も与えた。

これが江島杉山社の始まりである。

小ぢんまりとはしているが、専用の参道と、

一の鳥居、二の鳥居を備え、一応の構えだ。

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傍らの楠は、往時に植えられたものか。

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神職は常駐と見受けた。

賽銭箱に、弁財天社紋の波頭が、三つ葉葵を囲む、

特異な紋様を標す。

将軍家に対する、どういう意思表示なのか判らないが、

一寸目を引く。

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社前へ奉納する「白蛇」もある。

隅田川対岸の、本所という場所は、

元禄期前後に、開発が始まった、新開地であり、

江戸の境界地と目されていた。

ほぼ同時期に、同所へ屋敷を移された「吉良上野」が、

不満を託ったとも伝わる、それなりの地であった。

水辺の低地だから、水害の恐れもあったろう。

弁天=龍神ということで、水難除けが付与されたかもしれぬ。

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社殿左側に、小さな神池と太鼓橋、江の島の岩屋に習った、

「岩屋」が鎌倉石で築かれている。

まぁ、富士塚のようなものだろうな。

此処でも、忠実な「見立て」が行われているわけだ。

奥には、宇賀神(人頭蛇尾)と宗像三女神が祀られていた。

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さて、どうやら、当地が、

江の島探索の上がりに相応しいようだ。

この辺りにして置こう。

(捨身 Canon G1X)

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コメント

これが振り子さんがツイートしてた白蛇さんなんですね。おかげで塩見さんの『江戸の貧民』を読んだところです。kansukeさんを通して私が全く知らなかった世界に驚くばかりです。

投稿: tae | 2014年9月29日 (月) 18時11分

taeさま
ありがとうございます。
白蛇さん…そうなんです。折れてしまいましたが…
多分、持ち帰られたかと。
塩見氏の一連の著作は、実に刺激的で、
嵌り込みますよ。
まぁ、こちらも、きっかけは、振り子さんのお薦めなんですけどね。

投稿: kansuke | 2014年9月29日 (月) 21時20分

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